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国際博覧会に係る環境影響評価のあり方
平成9年3月
国際博覧会に係る環境影響評価検討委員会
国際博覧会に係る環境影響評価検討委員会委員名簿
委員長 武内和彦 東京大学アジア生物資源環境研究センター教授
委 員 内藤正明 京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻教授
〃 阿部
學 新潟大学農学部生産環境科学科教授〃 北田敏廣 豊橋技術科学大学工学部エコロジー工学系教授
〃 山中芳夫 大阪学院大学経営科学部教授
〃 成瀬治興 愛知工業大学工学部建築学科教授
〃 油井正昭 千葉大学園芸学部緑地・環境学科教授
〃 松田裕之 東京大学海洋研究所資源解析部門助教授
〃 細見正明 東京農工大学工学部応用化学科助教授
〃 酒井伸一 京都大学環境保全センター助教授
〃 中山哲男 (社)産業環境管理協会常務理事
はじめに
我が国は、平成
7年12月、2005年国際博覧会開催を申請するための閣議了解を行ったが、この中で、自然環境保全が重要であることから、開催に当たっては、適切な環境影響評価を実施することが確認された。さらに、平成8年11月には、「新しい地球創造:自然の叡智」をテーマとする2005年国際博覧会構想を発表し、愛知県瀬戸市南東部の丘陵地に位置する会場候補地を「人と自然の新たな関係」、「環境調和型のまちづくり」を考えるための来るべき時代への里山実験フィールドと位置付けた。国際博覧会の開催に係る環境影響評価については、今後、国において具体的内容や手続などが検討され、その実施は博覧会の事業主体が行うことになるが、本委員会ではそれに先立ち、専門的な立場から、
2005年国際博覧会にはどのような環境影響評価が求められるか、そのあり方を検討した。環境問題が深刻化するであろうと考えられる21世紀において、その初頭に開催される国際博覧会に対する、望ましい、新たな環境影響評価手法を検討することは、それ自身が博覧会のテーマとも合致する実験的な試みである。国、愛知県及び今後開催決定に伴って設置される博覧会の事業主体においては、本検討結果を十分尊重し、
21世紀初頭を飾る国際博覧会にふさわしい環境影響評価の実現を強く望むものである。平成
9年3月
国際博覧会に係る環境影響評価検討委員会
委員長 武
内 和 彦
1.
2005年国際博覧会構想21世紀に入って最初に開催される2005年国際博覧会では、「新しい地球創造:自然の叡智」のテーマを掲げ、環境・資源エネルギー・人口・食糧等の人類共通の課題について問題を提起するとともに、会場づくりを通じて「環境創造型のまちづくり」を実践し、「人と自然の新たな関係」を構築するとしている。会場づくりに際しては、自然環境と基盤整備のための土木計画・ランドスケープデザイン及び建築計画の一体化を図るための環境創造型の計画手法を確立し、会場構想、まちづくりの内容、機能などを踏まえた建設を行う予定である。すなわち、全体をエコミュジアムとして位置づけ、人工物と自然環境の新しい関係の追求やゼロエミッション型のクリーンエネルギーシステムなど新しい高いレベルの技術の適用によるインフラの構築、環境保全への新しいテクノロジーの貢献等、様々な角度から博覧会の理念を追求するものである。
2.環境政策の国際的動向と
2005年国際博覧会環境影響評価制度は、
1969年(昭和44年)にアメリカにおいて世界で初めて制度化されて以来、世界各国で、その制度化が進展してきている。国際的な場面での環境影響評価は、1980年代以降、OECD(経済協力開発機構)の各種勧告に先導される形で定着してきており、我が国は、我が国が関与したこれらの勧告等を踏まえて政策を行う責務を負っている。現在、OECD加盟国
27ヵ国中、日本を除く26ヵ国のすべてが、環境影響評価の一般的な手続きを規定する何らかの法制度を有するに至っている。その他の国においても環境影響評価制度の法制化は広がりを見せており、全世界で50ヵ国以上が関連法制を備えていることが確認されている。一方、我が国と同様に、主に行政指導によって環境影響評価を実施している国も多い。近年では、これらの環境影響評価の実施が、各種条約・議定書にも具体的に取り入れられるようになってきており、我が国が批准した生物多様性条約、気候変動枠組み条約にも環境影響評価の実施に関して具体的な対応が求められている。
生物多様性条約(
1993年発効)では、締約当事者は、可能な範囲で、かつ、適当な場合には、生物多様性の確保の観点から、自国の事業計画案に係る環境影響評価手続の導入、計画及び政策に係る環境面の考慮、越境環境影響に係る他国との取り決め・通報等を行う旨が規定されている。このような情勢を踏まえて、生物多様性に関しては、我が国の基本方針と施策の展開方向を示した生物多様性国家戦略が策定され、開発事業等における環境配慮を推進するため、地域的なレッドデータブック、保全対象リストの作成等が、国、地方自治体、民間で進められている。この現状に鑑み、国際博覧会のための環境影響評価自体が生物多様性を担保するための政策の表現の一つになるように取り組んでいくことが求められる。
また、気候変動枠組み条約(
1994年発効)では、締約国は、気候変動に関し関連する社会・経済及び環境に関する自国の政策及び措置において可能な範囲内で考慮を払うこと並びに気候変動を緩和し、または、これに適応するために自国が実施する事業または措置の経済・公衆衛生及び環境に対する悪影響を最小限にするために、自国が案出し及び決定する環境影響評価手法等を用いることを誓約すべき旨が規定されている。気候変動枠組み条約に関しては、
1997年12月の第3回締約国会議(京都)において、2000年以降の温室効果ガスの排出抑制及び削減目標を議定書などの形で結論を得ようという「ベルリン・マンデート」が締約国の間で鋭意検討されている。2000年以降の温室効果ガスの削減目標が制定された後の2005年に開催される国際博覧会としては、まさにテーマの一つであるエコ・コミュニティの実験の場として省エネルギーやリサイクルにより温室効果ガスの排出抑制を達成しうる技術目標を提唱することが重要である。また、温室効果ガスの排出抑制は、1992年にブラジルで開催された地球サミットで採択されたアジェンダ21やそれに基づいて定められたローカルアジェンダにも適うものである。
3.我が国における環境影響評価制度の経緯
我が国では昭和
47年の閣議了解を嚆矢として、環境影響評価の考え方の重要性が認識され、昭和56年以来環境影響評価法案が国会に提出されたが、産業界等の強い反対により審議未了のまま昭和59年8月法制化が見送られた。しかし、この法案に代わるものとして、昭和59年8月末に「環境影響評価実施要綱」が閣議決定され、国の関与する開発事業について、従来各省庁が独自に進めてきた環境アセスメントを、行政指導を通じて統一的に実施することになった。一方、近年の環境問題の空間的・時間的・社会的広がりに対応できるよう、平成5年には「環境基本法」が制定され、環境の保全の基本的理念とこれに基づく基本的施策の総合的枠組みが示された。その中で、環境の保全に関する基本的な施策に一つとして「環境影響評価の推進」が位置づけられ、環境基本法の国会審議や環境基本法に基づき平成6年、「環境基本計画」が策定された。さらに、中央環境審議会では、国民各界各層からの意見聴取を行い、平成9年2月に法制化に向けた答申を公表し、3月に「環境影響評価法案」を今国会に上程、現在、審議中である。このような状況の下で、現在我が国では、公害関係項目(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭)と自然環境項目(地形・地質、植物、動物、景観、野外レクリエーション地等)が環境アセスメントの主対象とされている。このうち、公害関係項目については、基準を定める判定条件等、定量的な環境保全目標に照らした評価を実施しているが、自然環境の保全に係る項目については、公害関係項目に比べ、現況調査・予測・評価の方法が必ずしも標準化されておらず、実務レベルにおける新しい環境アセスメント像が求められているのが現状である。
4.取り組みの基本方針
本委員会は、我が国において今後求められる環境アセスメント像を模索する一方で、身近な自然環境である里山における国際博覧会開催という状況の中で、自然環境への影響を客観的に評価することが強く求められているとの認識に立ち、専門家の立場から、国際博覧会の開催に係る環境影響評価のあり方を検討し、取り組みの基本方針を以下のとおりとした。
(1)人と自然との共生についての考え方を明確にする
自然環境の保全については、様々な目標像があり得る。とくに、原生自然と二次自然では、保全する方策も大きく異なる。人と自然との共生を図るためには、こうした自然認識を明確化し、科学的知見に基づいて、保全対策を検討していく必要がある。本環境影響評価では、身近な自然環境の保全を主張する自然保護グループの意見も十分に踏まえながら、真に人と自然の共生を模索していく必要がある。そのためには、アセスメント実施事業者も情報公開を行い、意見交換を行う必要がある。
(2)個別評価から、総合評価へ
現在の環境アセスメントの体系では全体システムを総合的に評価する仕組が出来ていない。個別要素の予測評価では満足できても、地域環境全体として見た場合、満足できるとは限らないというのが物質循環系や地域生態系の特質である。
公害関係項目については、大気汚染や水質汚濁などの個別要素の評価はこれまでも行われてきたが、さらに国際博覧会では、会場全体の物質・エネルギー循環を捉え、その効率性、循環性、持続性を評価すべきである。
また、自然環境項目については、固有種の評価にとどまらず、生態系全体を評価することが必要である。その際、生態系を保全するためには、手をつけない方が良いのか、あるいは、積極的に手を加えることによって自然環境が保全されるのかといったことについては、様々な科学的知見に基づいて予測評価を行い、それをアセスメントに反映させていく必要がある。同様に、スギ・ヒノキ人工林においても、森林が別の森林に長い年月を得て変わりうるということの可能性も念頭におきながら、その活用の仕方、あるいは、生物多様性に与える正のインパクト等についても十分に配慮していく必要がある。
(3)非日常的なイベントと日常的な生活の両方を考慮したアセスメントの必要性
国際博覧会については開催時の非日常的な人の入れ込みに対して対応が図られなければならない。同時に、会場が、会期後においても地域の財産として残されるべきであるとする本博覧会の主旨からは、イベント後の日常的な生活環境の維持管理をも念頭に置きながら、このアセスメントを通じて、その調和を図ることが必要である。これは従来のアセスメントにない考え方となろう。
(4)アセスメントの過程における市民参加のあり方をさぐる
本国際博覧会の実現は、市民参加と合意が不可欠である。また、この博覧会の開催に直接係る住民にも積極的な参加を求め、その人々の生活環境に対しては、十分な配慮を行っていく必要がある。このように、真に地域ぐるみの国際博覧会開催を実現させるためには、環境影響評価段階で、積極的な市民参加を求めることが不可欠である。
(5)計画策定と環境アセスメントの一体化
現在の国際博覧会構想は、実現化に際しては、様々な修正が加えられる可能性がある。とくに、会場計画については、今後、テーマ・理念の具体化として計画が詰められていくものであり、その過程では、様々な意見・アイデアを反映させていく必要がある。このため、一種の計画段階でのアセスメントのモデルとして、計画策定と環境アセスメントが相互に関連しあうダイナミックなアセスメントの実施が求められる。
5.国際博覧会における環境影響評価の方向性
(1)早期段階での環境アセスメント
2005年国際博覧会の環境アセスメントにおいては計画策定の早い段階でのアセスメントが必要であり、変更の可能性を保持しながら環境影響評価を行って行く必要がある。
(2)市民の参加
環境影響評価制度における市民等の関与は、事業者が事業に関する情報を国民に広く公開し、これに対して、市民等が環境の保全の見地からの意見を述べ、その意見に対応して事業者が環境配慮を行う過程を通じて、事業に係る意思決定に反映させるべきものと考えられる。
国際博覧会においても、地域住民を念頭において環境影響評価の過程の中で、積極的に自然環境の保全や社会環境の整備に関する真摯な意見を求め、市民参加によるアセスメントが必要である。
(3)評価尺度の検討
環境基準がある項目については、通常それが環境保全目標とされており、国際博覧会の環境影響評価においても、その考え方は採用できると考えられるが、人と自然の触れ合いなどや自然環境項目は多様な価値観があり、類型化された全国で一律に利用できるような評価尺度では求めがたい。例えば、全国的な評価尺度では、価値が低くてもその地域では重要な価値がある場合もある。評価の尺度は全国的なものではなく、地域尺度を十分に考慮して考えなければならない。
(4)自然環境調査の評価のあり方
これまでの自然環境調査では、動物や植生の静的な分布の把握に力点が置かれていたが、今後は、個体数や分布域の時間変化や動物の移動形態など、生態系の動的な把握を行い、その保全を図っていくための新たな自然環境調査が行われるべきである。また、生態系に及ぼす人為的な影響の総合評価については、影響の程度を確率的に評価する確率論的リスク評価の手法を適用するのも一方策と考えられる。本博覧会における環境アセスメントでは、こうした新しい視点からの自然環境調査・評価手法を積極的に開発することが求められる。
(5)代償措置の検討
博覧会の開催に当たっては、自然環境に十分配慮し、その影響をできるだけ小さくするとともに、代償措置、いわゆるミティゲーションの考えをマスタープランの中で提案することも必要である。例えば、林分転換によりスギ林を里山林に変えていったり、人為的にビオトープをつくり、生物多様性を豊かにする方策を考えることも必要である。その際、そのつくり方によっては、特定種の異常な増大につながることにも留意し、科学的知見に基づいて、どの程度手を入れるかの判断を場所の特性に応じて判断すべきである。ミティゲーションには、オンサイト(開発区域内で回復を図る)とオフサイト(その他の場所で考える)の考え方があるが、本博覧会による自然環境の損失を陶土を採掘した跡地などで環境再生を補うといったオフサイト・ミティゲーションの考え方は、新しい環境施策のモデルとして、試みるに値すると考えられる。
(6)交通アクセスの検討
国際博覧会会場内及び会場に至る地域を含めた種々の交通体系や交通手段を念頭においた環境影響評価の実施が望まれる。また、国際博覧会構想における入場者数に見合う交通アクセスや環境面の配慮についても、検討することが必要であると考えられる。
(7)会期後の廃棄物
会期後の廃棄物の扱いについての方針の明確化が必要である。本博覧会は、その基本構想にもあるように、「長期的なまちづくり」を提案しており、その中で開催期間後に撤去するもの、その後も利用するもの、開催期間後に継承される取組も明らかにする必要がある。また、エネルギーバランスや環境調和型のマテリアルフローを前もって構築しておく必要がある。したがって、この環境影響評価は将来の環境創造型のまちづくりの指針ともなるようにする必要がある。
(8)環境マネジメントシステムの導入
ISO(国際標準化機構)及びJIS(日本工業規格)においては、企業が事業活動に際して環境への配慮を行うための有効な手段として環境管理についての標準化が開始されている。地球環境保全への貢献を主要課題においた国際博覧会においても、こうした環境管理、環境監査システムに関する新しい潮流を踏まえることが必要である。
(9)環境影響評価の積極的な提案
従来の環境アセスメントは、環境への負荷を如何に少なくするかが評価の基準となっているが、この国際博覧会構想では都市に接した身近な自然の中で、自由で高度な人間の技術を持って自然との間に創造的な関係を作り出すという実験の場として、新たなミティゲーションの道を明らかにすること、また、新エネルギーの利用、ゼロエミッション型の循環型社会を模索する場とすること等から、新たな環境へのプラスの効果及び環境修復手法の開発という間接的なプラスの効果が期待される。したがって、エココミュニティを目指す博覧会のテーマに即して実施する環境影響評価は、環境へのプラスの部分も評価の対象とするような積極的な提案をすることもできるものと考えられる。