updated on February 7, 1997

「二十一世紀を『共生の世紀』に」

「共生とは何か」著者松田裕之九大理学部助教授に聞く

 「二十一世紀は『共生の世紀』となるべきだ」。九州大学理学部の松田裕之助教授(38)が、「共生とは何か」(現代書館)を出版した。数式を用いて生物の生態を分析し理論化する数理生物学者の著書だが、難しい数式の代わりに漁業、原発、インターネット、沖縄問題など、さまざまな話題に触れながら「人間がどう生きるべきか」について論じている。「共生」について、松田さんに解説してもらった。(社会部・北野 隆一)
 「共生」はもともと生態学(エコロジー)上の専門用語で、生まれ育ちが違う異質なものが共存するという意味です。家族でも、遺伝子が共通する親子や兄弟の関係は共生ではないが、夫婦は共生関係というにふさわしい。生き物はすべて相互依存して生きており、人間も他者なしには生きていけない。
 共生が、ともに利益になる「双利関係」にあるとは限らない。生態学的には、人間の体内に寄生する寄生虫や細菌などのように、相手を生かしながら一方的に得をする「搾取関係」の共生もありえます。政治問題で「共生」が用いられる場合は、吟味が必要です。共生には、どちらかが巧妙に相手を利用する意味もあるからです。最近、沖縄の米軍基地問題で宝珠山昇・前防衛施設庁長官が「基地との共生」を説き、沖縄県民の反発を買ったことは、共生を考える上で興味深い例です。
 共生はまた、競争と対立した概念ではありません。朝日新聞の元日付社説が「非軍事・共生型社会を」と訴えているように、共生は時代の流行語となっている感がありますが、競争を否定する意味で使われたとすれば、生態学上の本来の意味と違う。利害が対立し、競争関係にある敵とも、互いに違いを認めあって共存するのが共生。敵対する者と意思疎通しないとか、味方はすべて自分と同じ考えだという発想は、自分の価値基準を絶対視した、子供じみた天動説的な考え方です。「みんな一緒」ではなく「みんな違うんだ」と認め合う「大人の関係」こそ、共生の思想といえます。
   松田さんは一九五七年福岡県大牟田市生まれ。京大大学院理学研究科修了。日本医科大助手、水産庁中央水産研究所主任研究官、ミネソタ大客員教授を経て、九三年二月から現職。「共生とは何か 搾取と競争をこえた生物どうしの第三の関係」は二百三十ページ、二千三百六十九円。