生態系管理の逆理

生物多様性を維持することと持続的漁獲量を最大化することは矛盾する?

松田裕之(東京大学海洋研究所)

 水産資源学の視点から見たとき、群集生態学の最大の研究課題の一つは、生物多様性と生物資源の有効利用の関係である。1魚種ごとの最大持続生産の理論は、定常状態を仮定すれば単純明快であり、再生産関係の不確実性や資源変動を考慮した研究も行われ、乱獲を防ぐための具体的提言を得ることができる。
 我々は1魚種ごとの管理ではなく、生態系全体を有効に利用し、管理すべきである。そのためには、各魚種と漁業の関係だけでなく、魚種間の関係や未利用生物との関係も究明しなくてはならない。
 ところが、複雑な生態系模型ではある生物種に与える攪乱(たとえば浮遊生物を食べる魚種の漁獲率を上げる)がそれを餌にしている魚食魚の個体数を増やしたり、浮遊生物を食べる未利用魚種を減らしてもそれと競合する有用魚種が増えるとは限らないと言う不定性がある。このような影響を評価するには群集構造の定性的な解明では不十分であり、相互作用の量的変化が結果をどのようにも変えてしまうことが知られている。
 また、現在の生態系模型を単純に応用すると、生態系の多様性を減らした方が持続可能な蛋白質供給量が増えるという結果を導く恐れがある。なぜなら、低次栄養段階の魚種をめぐり、人間と高次栄養段階の魚種は競合関係にある。高次栄養段階の魚種を取り尽くした方が、低次栄養段階の魚種を増やすことができ、生態系全体から得られる漁獲量が増えることがある。これを、「生態系管理の逆理」(paradox of ecosystem management)と呼ぶことにする。
 現代生態学では、まだ、多様な生態系の方がなぜ好ましいかという科学的根拠を説明できない。多様な群集ほど不安定になるという逆説的な結果(多様性の逆理 paradox of biodiversity)も得られている。水産学における生態系の逆理もそれと関係するが、この逆理を解決することは生態系の持続的利用と管理を進める上で、緊急を要する研究課題である。
 本講演では、多様性の逆理を始め、既存の生態系模型が多くの逆説的な結果を招くことを示す理論生態学の研究を紹介しながら、今後の生態系管理の課題と展望を提案する。