jeconet(生態学関連電子投書欄)に投書された矢原徹一さんの文書を私が転載したものです。

「植物レッドリスト」(種子植物・シダ植物)の調査・判定方法と判定結果の特徴


日本植物分類学会絶滅危惧植物問題専門第一委員会(文責:矢原徹一・加藤辰己)


 「植物レッドリスト」(種子植物・シダ植物)は環境庁の委託を受けて、日本植物 分類学会絶滅危惧植物問題専門第一委員会がとりまとめたものである。ここでは、リ ストの編集を担当した委員会の責任において、調査体制、調査期間、調査方法、判定 基準、判定方法、判定結果の特徴点、今後の予定に関して説明する。

1 調査体制

 調査は全国約400名の調査員が担当した。各都道府県の植物に関して専門的知識 を有する者(都道府県につき1−3名)に主任調査員を委嘱し、各都道府県の調査の 取りまとめを依頼した。主任調査員の推薦にもとづき、各都道府県の調査員を委嘱した。  現地調査開始にあたり、1994年(平成5・6年度)に主任調査員を対象とする 説明会を3回開催し、調査方法について打ち合わせを行った。

2 調査期間

 調査対象種選定のためのヒアリング調査を平成5年度(1993年)に実施した。 続いて現地調査を平成6−7年度(1994−95年)の2年間にわたって実施した 。平成8年度(1996年)の1年間をかけてデータ入力作業を行った。この期間に も現地調査を継続し、追加データを寄せられた主任調査員も少なくない。1997年 に計算機シミュレーションなどを行い、リスト掲載種とそのランクを判定した。

3 調査方法

 調査対象種・亜種・変種(以下、種・亜種・変種を分類群と呼ぶ)の候補は、「分 布が限定されているもの」(希少系列)と「減少が著しいもの」(減少系列)に大別 された。前者については、分布が知られている都道府県が3以下のものは原則として 調査対象とした。後者については、専門委員および調査員の経験的判断にもとづいて 対象分類群を選定した。また89年版レッドデータブックに掲載されている分類群は すべて対象とした。専門委員会が作成した1959分類群からなる一次リストを調査 員に送付し、追加の推薦を受けたうえで、最終的に2100分類群を選定した。分類 学上品種にランクされるもの、および不稔性の一代雑種は調査対象から除外した。
 野外調査にあっては、対象分類群が自生している場所、自生が記録されている場所 を訪問し、およその現存個体数を記録した。個体数はIUCN新カテゴリーに従い、開花 個体数を数えるものとした。また、過去10年間をめやすとして、減少の程度を記録 した。各調査員の調査資料をもとに、主任調査員がメッシュごとに調査票を作成した。ここでいうメッシュとは、国土地理院2万5千分の1地形図を基本とし、島部など について微修正を加えたもの(計4457メッシュ)を指す。調査票には、現存個体 数と減少率を以下の区分に応じて記入した。

 現存個体数については、
1=10未満
2=100未満
3=1000未満
4=1000以上
9=不明
 減少率については
1=1/100未満
2=1/10未満
3=1/2未満
4=1未満
5=現状維持または増加
8=絶滅
9=不明

 以上の調査を実施し、調査票にデータを記入するには、各都道府県においてどこに 対象分類群の自生が確認・記録されているか、また過去にはどれくらいの個体数があ ったかについての情報が不可欠であった。これらは、今回の調査以前に調査員が大き な労力と時間をかけて調査した結果にもとづいている。したがって、今回の調査デー タは単に2年間の調査期間で得られたものではなく、多くの場合、数十年にわたる調 査データの蓄積に大きく依存している。
 2年間ですべての対象分類群について、すべての自生地を調査することは到底不可 能であった。そのため、この調査以前の、比較的最近の調査データも調査票の回答の 中に含められている場合が少なくない。それでもなお、この調査で集約されたデータ は、すべての自生地の現状を網羅してはいない。

4 判定基準

 IUCNが1994年に定めたレッドリスト新カテゴリーは、5つの数値基準(クライ テリア)にもとづいて区分されている。判定はこの数値基準に準拠して行った。ただ し、新カテゴリーの数値基準は地球規模での判定のためのものであり、政府レベルで の運用にあたって現実的な工夫を行うことを妨げてはいない。そこで基準の運用にあ たって、いくつかの独自の判断を行った。これらの判断の概要については、IUCNに対 して事前に通知されている。またこのリストの発表を受けて正式にIUCNへの提案が行 われる。
 レッドリスト新カテゴリーの5つの数値基準のうち、B基準では、生育場所や出現 範囲の面積によって判定を行う。この基準は個体数の推定が困難な分類群のために設 けられている。本調査では、個体数や減少率についてのデータが得られているので、 B基準による判定は行っていない。

<E基準による定量的判定>
 レッドリスト新カテゴリーの5つの数値基準のうち、E基準では、絶滅確率の推定 値にもとづいて判定を行う。100年後の絶滅確率が10%以上の分類群は「絶滅危 惧threatened」と判定される。「絶滅危惧threatened」は以下の3つのランクに区分 される。
 CR(Critically Endangered, 絶滅危惧IA):10年後、または3世代の長い方の 期間において、絶滅確率が50%以上。
 EN(Endangered, 絶滅危惧IB):20年後または5世代の長い方の期間において、 絶滅確率が20%以上。
 VU(Vulnerable, 絶滅危惧II):100年後の絶滅確率が10%以上。
「植物レッドリスト」では、次節に述べる方法で、今回の調査で得られたデータにも とづいて絶滅確率を推定し、基準Eを用いて判定を行った。ただし、判定にあたって は「10年後、20年後、100年後」の絶滅確率を用い、世代時間は用いていない。  IUCNレッドリスト新カテゴリーでは、近い将来「絶滅危惧threatened」に判定され る可能性のある分類群に対して「準絶滅危惧near threatened」というランクを与え ているが、その判定基準は定めていない。「植物レッドリスト」では、100年後の 絶滅確率が0.1%以上の分類群を「準絶滅危惧(nt)」と判定した。

<ACD基準による定量的判定>
 レッドリスト新カテゴリーの5つの数値基準のうち、A基準では減少率のみで判定 を行う。その基準値は以下の通りである。
 CR:10年間または3世代の減少率が80%以上。
 EN:10年間または3世代の減少率が50%以上。
 VU:10年間または3世代の減少率が20%以上。
この基準による判定では、現在まだ個体数が多く、絶滅のおそれがほとんどないもの でも、過去10年間の減少率が大きければ「絶滅危惧」に判定されてしまうという問 題点が指摘されている。
一方、D基準では個体数のみで判定を行う。D基準の基準値は以下の通りである。  CR:個体数が50個体未満。
 EN:個体数が250個体未満。
 VU:個体数が1000個体未満。
また、連続的に減少している分類群に適用されるC基準では、やはり個体数で判定を 行うが、D基準とは異なる個体数の基準値が設定されている。
 CR:個体数が250個体未満。
 EN:個体数が2500個体未満。
 VU:個体数が1万個体未満。
「植物レッドリスト」では、これら3基準を統合し、以下の数値基準(以下ACD基準 と呼ぶ)で判定を行った。判定を行うための平均減少率は今回の調査で得られたデー タにもとづいて推定された。
 CR:平均減少率で減少したときの10年後の個体数が50個体未満。
 EN:平均減少率で減少したときの25年後の個体数が250個体未満。
 VU:平均減少率で減少したときの100年後の個体数が1000個体未満。

 ACD基準とE基準の判定は多くの場合一致した。両者が食い違った場合には、IUCN新 カテゴリーの文書にうたわれている「予防原則」にのっとり、より厳しい判定を採用 した。

<ACD基準による準定量的判定>

 調査票データがまったく回収されなかった分類群や、回収された調査票データの大 部分が「不明」と回答されている場合などについては、可能な範囲で専門委員が情報 を補い、ACD基準に準拠して判定した。ただし、これらのケースについては次節で述 べる計算機シミュレーションを行わず、分類群全体の現存個体数のレベルと減少率の レベルから、ACD基準のどれを満たすかを判断した。たとえば現存個体数が約500 個体で過去10年間に1/2程度に減ったと見なされる分類群については、将来も同 じ率で減少すれば、10年後にはまだ50個体を超えているが、25年後には250 個体以下となると考えられるので、ENと判定した。

5 判定方法

<計算機シミュレーションによる絶滅確率の推定>

 たとえばサクラソウについては、全国から131メッシュの回答があった。その内 訳メッシュ数は以下の通りである。
 (個体数レベル1、2、3、4、絶滅、不明)=(12, 60, 15, 8, 13, 23)
 (減少率レベル1、2、3、4、5、絶滅、不明)=(8, 23, 24, 12, 6, 13, 45)
 各メッシュの現存個体数については、対数軸上で中間値をとり、1=3個体、2= 31個体、3=316個体、4=3162個体として以下の計算を行った。1万個体 以上の桁の回答欄を設けなかったため、一部には1万個体以上を、4と回答したケー スもあるだろう。このようなケースでは、個体数が過小評価されている。また個体数 レベル9(不明回答)は、以下の計算には用いていない。この点でも個体数が過小評 価されている。したがって、以下の計算による絶滅確率はしばしば過大評価されてい ると考えられる。
 サクラソウの場合、3個体、31個体、316個体、3162個体のメッシュがそ れぞれ、12、60、15、8である。これらのメッシュは、次の10年間において 減少率レベル1、2、3、4、5のどれかを経験すると考えられる。その次の10年 間、さらにその次の10年間においても、やはりどれかのレベルの減少をこうむる。 この過程を計算機上で1000回繰り返し計算し、10年後、20年後、100年後 にすべてのメッシュで絶滅した回数を数え、その回数を1000で割って絶滅確率を 求めた。各メッシュの個体数が1個体未満になったとき、そのメッシュは絶滅したと 判定した。土の中に休眠種子を残す植物では、この判定による絶滅確率は過大評価さ れている。一方、雌雄異株の植物では、過小評価されている。
 どのレベルの減少に会うかは減少率レベルの回答の分布に従うと仮定した。ただし 、絶滅メッシュに関しては、絶滅する前の個体数が不明なので、減少率がわからない 。100個体が1/100に減った結果かもしれないし、1000個体が1/1000に減少し た結果かもしれない。今回の計算機シミュレーションでは、絶滅メッシュはすべて1/ 1000に減少した結果であるとみなした。絶滅は面的な開発や大規模な乱獲によって起 きていることが多いので、1/1000に減少した結果とみなすことは予防原則に照らして 妥当であろう。ただし、「絶滅」と回答されたメッシュの中には、10年以上前に絶 滅していたものも含まれている。この場合には、計算機シミュレーションによる絶滅 確率の推定はやや過大評価である。
 減少率レベル1(1/100未満)の回答については、減少率が1/1000−1/100の区間に あるとみなした。減少率レベル5(現状維持または増加)については、現状維持とみ なした。また以下に述べる理由により、1/1000に減少したメッシュが、回答されたメ ッシュ以外にもうひとつあると仮定し、計算を行った。たとえばサクラソウの場合、 1/1000、1/1000−1/100、1/100−1/10、1/10−1/2、1/2−1、1の減少が14(回答数 13+1)、8、23、24、12、6の割合で起きると考えて、シミュレーション を行った。1/1000−1/100、1/100−1/10、1/10−1/2、1/2−1の区間の減少は、区間 内の値が等しい確率で起きるとみなしてシミュレーションを行った。
 各メッシュについて以下のように計算を行う。たとえばサクラソウの場合、1/1000 を1つ加えた計87個の減少率データから10年ごとにランダムに1つを選ぶ。選ば れたデータが1/2−1なら、この区間の値をランダムに1つ決める。この値を現存個体 数(3、31、316、3162のどれか)にかけ、10年後の個体数を決める。同 じ操作を繰り返して、20年後、・・100年後の個体数を決める。この計算を10 00回行うことで、10年後、20年後、100年後の絶滅確率が求められる。
 従来の方法では、絶滅確率は、何十年にもわたる過去の個体数変動のデータがなけ れば求めることはできない。このためE基準による判定は、望ましくはあるが、現実 には困難であると考えられてきた。今回のシミュレーションでは、減少率のメッシュ 間のばらつき(地理的な変動)を、時間的な変動に読み替えることで絶滅確率を計算 した。この方法は、絶滅確率の推定法としてはラフなものだが、絶滅のリスクをさま ざまな種について同じものさしで比較するという目的のためには、現実的かつ有効な 方法と考えられる。
 このシミュレーションでは減少率に地域的・時間的な偏り(ランダムなばらつきか らのずれ)はないと仮定している。現実には、ある自生地では大きく減少し続けてい るが、他の自生地はよく保護され、個体数が安定しているという場合がある。このよ うな場合について、個体数が安定しているメッシュでは個体数は絶対に減少しないと 考えれば、絶滅確率はどれだけ時間が経っても0である。たとえばサクラソウの場合 、埼玉県浦和市田島ヶ原のサクラソウ自生地は比較的よく保護されており、絶滅のお それは現実にはほとんどない。もしこの自生地が100年間必ず存続すると考えれば 、他の130メッシュの自生地がすべて絶滅するとしても、サクラソウの絶滅確率は 0である。しかし、絶滅確率をこのような場合に0と推定することは、絶滅危惧植物 のリスク評価という点では妥当でないと考えられる。今回の計算機シミュレーション では、保護されている場所、個体数が今のところ安定している場所も含めて、どのメ ッシュでも減少率の回答数分布に従って、同じように減少のリスクをこうむるとみな した。
 シミュレーションではまた、減少率は個体数によって変化しないと仮定している。 現実には、個体数が少なくなれば、発見されにくくなり、そのため乱獲による減少率 が緩和されるかもしれない。以上のような仮定をおいているため、計算の結果得られ た数値は、絶滅確率の推定値というよりも、絶滅リスクと呼ぶ方がより正確である。

<ACD基準による判定のための平均減少率の推定>

 ACD基準による判定を行うためには、現存総個体数と平均減少率を求める必要があ る。現存総個体数は、個体数が1、2、3、4と回答されたメッシュ数に3、31、 316、3162をかけて合計することによって推定した。平均減少率は、地理的な 平均だけではなく、時間的な平均をとるべき量である。このため、回答された数値を 単純に平均するのではなく、以下のような計算機シミュレーションによって求めた。
 絶滅確率の推定のために行ったシミュレーションを、分類群のすべてのメッシュが 絶滅するまで続ける。この計算によって絶滅までに要する時間(絶滅待ち時間)が求 められる。現存総個体数と絶滅待ち時間の値から、絶滅までの間に10年ごとに同じ 率で減少した場合の減少率を求め、これを平均減少率とした。

<E基準とACD基準の整合性の確保>

 IUCNのE基準とA, C, D基準は、必ずしも整合性がない。この問題点はIUCN自身が認 めており、現在その解決のための国際討議が開始されている。「植物レッドリスト」 ではA, C, D基準を統合することで、整合性を高めた。しかしそれでも確率を考えたE 基準と、確率を考えていないACD基準の間には整合性が保証されていない。たとえば 、現存メッシュが1つだけであり、現存個体数が50個体で、減少はしていないとい う場合、ACD基準ではCRと判定されるが、E基準では、減少率を0とみなせば、絶滅確 率も0のためランク外となる。そこで上記のように、計算機シミュレーションを行う 場合に、1/1000に減少した仮想的なメッシュを1つ加算した。つまり、現存メッシュ が1つだけの場合でも、実際には1/1000の減少によって絶滅したメッシュがもう一つ あったと仮定した。この操作によって、50個体の現存メッシュは次の10年間に確 率50%で1/1000の減少を経験し、絶滅することになり、E基準でもCRの判定基準に合致 する。
 現存個体数が50個体以下の場合、現在のところ減少していないように見えても、 種子による次世代の更新がたまたまうまくいかない年が続いたり、生育に不適な年が 続けば、絶滅しやすい。すなわち、絶滅確率は決して0ではない。IUCN新カテゴリー において、現存個体数が50個体以下をCRの基準値に採用しているのは、このような 確率的な絶滅のリスクを考慮したものである。種子生産数の年変動や枯死率の年変動 などのデータがあれば、このような確率的なリスクをもっと正確に評価することがで きる。しかし今回調査対象とした分類群ではこのようなデータは皆無である。そこで 、1/1000に減少した仮想的なメッシュを1つ加算することによって、E基準と整合す るように先験的確率分布を仮定したのである。

6 判定結果の特徴点

(1)20%の分類群が「絶滅」または「絶滅危惧」である。

 今回の「植物レッドリスト」には「絶滅」または「絶滅危惧」として1428分類 群がリストされた。その内訳は、絶滅17、野生絶滅12、CR471,EN410, VU 518である。このほか準絶滅危惧ntとして108分類群がリストされている。今回 の作業にともない、日本産の分類群数をできるだけ正確に数えたところ、5629種 、88亜種、1370変種、計7087分類群であった。したがって、日本産種子植 物・シダ植物の種・亜種・変種の20%がリストされたことになる。1989年に自 然保護協会・世界野生生物基金がまとめた絶滅危惧植物リストでは、895分類群が 掲載されている。今回リストされた分類群はその1.6倍にあたる。
 今回の判定結果は、判定を行うに足る情報が得られた種に限定されている。現時点 でもなお、365分類群が情報不足のために判定を保留されている。これらについて は、来年度に予定されている「植物レッドデータブック」発行までに情報を補い、判 定を行う予定である。その多くは、きわめて希少な植物であり、CR、EN、VUのいずれ かにランクされるか、あるいはすでに絶滅している可能性が高い。

(2)深刻な危機状態にあるCR(絶滅危惧IA)が「絶滅危惧」の1/3をしめた。

 CR(絶滅危惧IA)と判定された分類群が471(CR, EN, VUをあわせた「絶滅危惧 」の33.7%、日本の野生植物の6.6%、およそ1/15)に達したことは、わが国の野生 植物に大量絶滅の危機が迫っていることを示している。「10年後の絶滅確率が50 %以上」という判定基準を文字どおりに解釈すれば、10年後にはCRと判定された分 類群の半数以上が絶滅すると予測される。ただし、判定方法の節で述べたように、絶 滅確率に関しては、主として以下の3つの点で過大評価されている。
●IUCNのE基準とACD基準の整合性を確保するために、現存個体数が50個体以下の場
合には、「10年後の絶滅確率が50%以上」とみなされている。
●予防原則にもとづき、個体数が回答されたメッシュのみを用いて絶滅確率を計算し ている。実際には、現存個体数・メッシュ数はもっと多い場合が少なくない。
●保護地や現在のところ個体数が安定している自生地でも全国レベルの減少のリスク があると考えて絶滅確率を計算している。
 したがって、上記の予測はやや過大評価ではあるが、CRと判定された種が、その多 くの自生地において深刻な危機状態にあることは事実である。有効な保護対策が早急 に講じられない限り、これらの種はごく近い将来絶滅するか、あるいはごく一部の保 護地にのみ残る状態に至るであろう。

(3)キキョウなど、いくつかの広分布種がリストされた。

 89年版レッドデータブックにおいても、フジバカマ、サギソウ、オキナグサなど、 かつては全国に多数の自生地があった種がリストされたことが注目を集めた。この傾 向に関して今回の判定では、具体的な数字の裏付けが得られた。フジバカマ、サギソ ウ、オキナグサの100年後の絶滅確率は99%、99%、100%と計算され、いずれもVUに 該当することが確認された。  さらに、キキョウ、ノウルシ、エビネ、キンランなどの広分布種がVUランクでリス トされた。これらの種については、今なお多くの自生地が残されており、現在の自生 地の数や個体数だけを見れば、なぜこれらが絶滅危惧種かという疑問が生じるかもし れない。しかしこれらの種は急速に減少しており、100年後の絶滅確率はそれぞれ 100%, 77%, 100%, 93%である。このため、広域にわたる有効な保護対策がとられない 限り、これらの種が希少種に転落し、危機的な状態に至るのは時間の問題である。
 一方、89年版レッドデータブックにおいてリストされた広分布種のうちミゾコウ ジュ、ミクリ、ナガエミクリについては、100年後の絶滅確率が10%未満であり、 「絶滅危惧」の3ランクには該当しないと判定された。しかしこれらの種が急速に減 少しているのは事実であり、10年あたりの平均減少率はそれぞれ28%, 27%, 24%と 推定された。このため、これら3種は準絶滅危惧種としてリストされている。

(4)1989年以後、16種類が絶滅した

 1989年版レッドデータブックの時点では現存すると考えられていた種のうち、 今回のレッドリストでは6分類群が「絶滅」、9分類群が「野生絶滅」と判定された 。新たに絶滅と判定されたのは、イオウジマハナヤスリ、オオユリワサビ、リュウキ ュウスズカケ、ムジナノカミソリ、ハツシマラン、ジンヤクラン、新たに野生絶滅と 判定されたのはヒュウガシケシダ、エッチュウミセバヤ、リュウキュウベンケイ、オ オカナメモチ、リュウキュウアセビ、タモトユリ、サツマオモト、タイワンアオイラ ン、キバナコクランである。

7 今後の課題

(1)「植物レッドデータブック」の編集

 「植物レッドリスト」は、調査結果を一刻も早く環境行政に活用できるようにする ためにまとめられたものである。今後、このリストに判定根拠、危険性の要因に関す る情報を加えた「植物レッドデータブック」を編集し、1998年のできるだけ早い 時期に出版する予定である。すでに述べたように、365分類群については、「デー タ不足」として判定を保留している。これらの分類群について情報収集につとめ、「 植物レッドデータブック」において可能な限り判定を行う。

(2)種保存法指定対象種の選定

 環境庁では「植物レッドリスト」の完成をふまえて、種保存法による「国内特定希 少種」の指定作業に入る、しかし、CRランクだけでも471分類群がリストされてい るので、指定対象として優先する種を選定する必要がある。日本植物分類学会絶滅危 惧植物問題専門委員会では、対象として優先する種の選定について協議し、環境庁に 対して推薦を行う。

(3)IUCNへの報告と数値基準への提言

 IUCNでは新カテゴリーの数値基準に関する国際討議を呼びかけており、10月1日ま でを期限として意見を募っている。「植物レッドリスト」の判定作業・判定結果につ いては、すでに国際的に注目を集めている。今後は、判定作業・判定結果についてIU CNに報告するとともに、今回の判定作業をふまえて、数値基準への提言を行う。

(4)環境アセスメントへの活用とデータベースの作成

 環境アセスメント法の成立にともない、一定規模以上の事業に関しては環境アセス メントが義務づけられる。環境アセスメントにおいては、レッドリストに掲載された 絶滅危惧植物の自生の有無が必ず調査されるよう、レッドリストの運用を徹底する必 要がある。そのためには、レッドリスト掲載分類群の分布情報に関するデータベース を整備することがのぞましい。今回の調査によって、レッドリスト掲載分類群の多く について、2万5千分の1地形図単位の分布データベースを作成することが可能にな った。しかし一方ではこのようなデータベースは乱獲・盗掘に悪用される危険をとも なう。日本植物分類学会絶滅危惧植物問題専門委員会では、分布データベースの在り 方について学会内外に討議を呼びかけ、保全に対して実効性のある情報公開の方法を 検討する。
 なお、今回の調査票データは、調査員による長年にわたる調査結果の蓄積に負うも のである。それらのデータベースへの活用にあたっては、調査員の了解を得ることが 前提となる。
 レッドリストに掲載された分類群に関しては、分類学的な論文、自生地調査の記録 などがすでに相当数公表されている。これらの文献や文献に記載された情報に関して もデータベースを作成することが望まれる。

(5)絶滅リスク評価の方法の改良

 今回の判定は、現存個体数と減少率に関するおおよその回答データから定量的な判 定を行った点で、世界ではじめての試みである。しかし主として時間的制約のため、 不明回答は計算に加えていない。不明回答メッシュの個体数や減少率を何らかの方法 で推定し、計算に組み入れることが望ましい。また回答がなかった都道府県にどの程 度分布しているかについても、十分な検討を行うことができなかった。回答もれのメ ッシュ数を推定し、計算に組み入れることが望ましい。これらの点について、不足し ている情報を補うと同時に、絶滅リスク評価法の改良を進める必要がある。