生物科学50:248

ジョエル・E・コーエン著
「新『人口論』 生態学的アプローチ」(How Many|People Can the Earth Support?)
(重定南奈子・瀬野裕美・高須夫悟 共訳)農文協,|1998,656p.p.,\6,800-,ISBN4-540-97056-9.

 W杯サッカーを観ながら中断の合間を縫って読み進めたが、すばらしい本だった。新「人口論」という邦題に相応しい内容だと思う。

 この本の著者、Joel E. Cohen氏は「物理学者なら・・・、生物学者なら・・・、統計学者な

ら・・・」という冗談が大好きで、私も彼が講演でこの手の冗談をいうのを聴いたことがある。本書でも328頁や651頁などに登場する。私も、その手口を真似て、この本の書評に代えたいと思う。ただし、下記に出てくる○○学者は、その典型ではなく、私の偏見に満ちた冗談に過ぎない。著者よりずっと不出来な冗談であることをお許し下さい。

人口学者「この本は生命表や増殖率や自然増加率など、人口学の教科書に載っている基本概念がでてこない(訳書25頁)。しかし環境許容量の概念についての詳しい説明(12章)や、人口の絶対数に対するさまざまな推定値の紹介(10、11章)、水などの有限性からみた人口に対する自然の拘束条件などの紹介(14,15章)は必読だ。特に栄養摂取量に対する生物学と社会経済学的議論などの付録をすべて訳出して頂いたのは資料としてもありがたい。」

物理学者、数学者「カオスの成立条件など、この本に書かれている数学はすべて理解できる。しかし、数式から得られた結果を生態学、人口学の現実にどう解釈するかについてはたいへん参考になる。条件付き予測という立場を明示すること(28頁)、数字につきまとう2つの危険性を指摘した数と情報の法則(32頁)、予測の信頼幅が狭いほど信頼性が乏しいという予測の法則(173頁)などは、ユーモアも感じて興味深い」

生態学者「環境許容量などの生態学的概念の詳しい紹介(229頁)は参考になる。またこの概念が、農学や人口学など、人間にかかわるところで形を変えて用いられている(12章)ことがよくわかった。」

農学・水産学者「12章の持続可能な利用に関する農学的説明が、人口学の書物に紹介されているとはうれしい。共有地(commons)の第2の悲劇に関する紹介は我々にも参考になる。初期の人口学者が農業生産量の上限をとんでもない方法で過剰に推定したのには驚いたが、著者はその限界にも、海洋資源を過小評価していることにも慎重に言及している。」

経済学者「我々が知らない基本的な概念や用語はない。しかし得られた結果や解釈には真似できないところがある。我々はそれらをまとめて複雑系と呼んでいるが、この本には複雑系という言葉だけはなぜか登場しない。」

大手出版社「この本は分厚くて中身を読む気がしない。原注の一部を除いてすべて訳すとは驚いた。しかし、江戸時代の日本に言及した著者の日本語版序文、訳者あとがきと表紙カバーにある川那部浩哉先生の寸評はよくわかった。実に重要で、ユーモアにあふれた本だ。」

数理生物学者「我々は訳本より、原著で読むべきである。ただし、サッカーを観ながら原著を読むことは難しい。同業者として英語の書き方の参考にもなり、数理モデルの結果を現実にどう応用するかを考える必読文献である。ぜひ、原著と訳書をともに揃えて欲しい」

 最後に、短期間にこの本を訳された3人の訳者と、出版社に感謝します。


裳華房 遺伝53(9):73

書評 岩槻邦男著「生命系」岩波書店

松田裕之

 もし、結婚式の日に新郎か新婦が、私たちは一心同体ですと挨拶したら、私はこの夫婦の行く末を心配する。互いに別の人格を持っていることをわきまえないと、長続きしない。極論すれば、同床異夢こそ共生の本質なのである。相手の考えや生い立ちがいかに自分と違うかを知らなくては、末永くともに暮らすことはできないだろう。だから、私はガイア仮説が嫌いである。岩槻先生の「生物圏」(biosphere)は、地球上の生命は単一起源であることを強調した点は斬新だが、生物が生態系を作って一つの完結した生を生きることを細胞が作る生物体になぞらえる(62頁)点では、ガイア仮説と同じである。

 単一起源の歴史をもち、生物圏の中で初めて「完結」する生物だからこそ、我々は「未来に責任を持」ち、「私たちが担っている生命は、私たちに固有のものとして好き勝手に扱うべきものではない。生きるということは、生きていることを次世代に伝達する責任を負うことである」(91頁)と岩槻先生は説く。けれども、たとえ生命が多起源であっても、自然をたいせつにすべきことは変わらない。戦前には、日本人は皆、天皇の赤子であると教えられたそうだが、上記のような説明は、私にはかえって抵抗感がある。岩槻先生は生命系の永遠とか統一という言葉を多用するが、不統一と滅亡も、自然観に欠かせない要素だと、私は思っている。

 しかし、自然をたいせつにすべきなのは、しょせん人間の身勝手であり、人のための有用さに基づくと同時に、生命の進化の歴史を共有してきた(血肉を分けた?)仲間たちだからである(159頁)というのは、たいへん明解で、わかりやすい。

 ほぼ同時期に、岩波新書から加藤真著「日本の渚」が出版された。どちらも自然のたいせつさを説いているが、説き方は全く違う。両者を読み比べてみるのも、おもしろいだろう。


水産海洋 印刷中

日本の渚−失われゆく日本の自然

加藤真(1999)

岩波新書 220頁 740円

 

 「長い海岸線にわたって続いている海と陸との接点が渚」である。渚は、「海の生命の多様性と生物の豊饒さの中心」であり、「人々と海との接点」でもある(2頁)。河口、干潟、藻場、砂浜、サンゴ礁、ヒルギ林(マングローブ)など、海と陸がであう場所の生態系の価値はきわめて高く評価される。そして、その美しい日本の渚が瞬く間に失われつつある。

 渚というのは美しい言葉である。日本人が古くから渚とともに生きてきたことを彷彿とさせる。「日本は海に抱かれた国だが、神さびた森を鎮守の森として崇めてきた森の国でもあった。」「森と渚を神聖視するこの列島の文化」として、渚には4つの原風景があるという。「清き渚」「豊饒の渚」「寄りもの寄する渚」そして「まれびと来臨の渚」(3頁)。

 日本の渚の美しさと危うさを、これほど鮮烈に訴えた本はない。ぜひ、3度読んでいただきたい。まだ著者を個人的に知らない読者は、日本の渚をくまなく回った著者がどんな人物か、想像をめぐらせていただきたい。最後の著者紹介を見て、おそらくその経歴(専門分野)と年齢を予想できないのではないかと思う。

 序章と第1章は万葉集のオンパレードで、彼の素養の広さに驚いた。古文書は私たちの先祖が渚とともに生きてきたことを雄弁に物語る。「かつて、渚にはさまざまな地形があり、多様な生物が棲み、それらの生物の多くにその地方ならではの呼び名が与えられていた。」「しかし現在・・・その懐かしい呼び名も、渚そのものとともに、急速に消え去ろうとしている」(7頁)。柳田国男が注目したように、生物だけでなく、汀線に「よりもの」を打ち上げる「風」にも名が付けられていたという。

 「水を治める者は国を治める」と言ったのは武田信玄だったか。自然を御すとは、川の氾濫を抑えることだった。けれども、ヘロドトスが「エジプトはナイルのたまもの」と言ったように、毎年氾濫が起きることで土地が肥え、農業が芽生え、太陽暦ができた。「むしろ平野は氾濫原そのものだった」「一般に草原は年月を経て森林へと姿を変えてゆく。この植生遷移を川の氾濫が押し戻す」(15頁)ことで多様な生態系が維持される。水田など『この列島の農業の歴史は、川が「あばれる」のを制御する歴史』であり、開墾が進み、水田が広がるに連れ、氾濫が減り、「八世紀ころ、イネの湿地はヨシの湿地と隣接して水をたたえ」「一大湿地生態系を形成するようになっていた。」そのヨシ原にすむヘナタリ貝にちなんだ「蜷の腸」は「か黒き髪」にかかる枕詞だそうで、腸の黒さが注目されることは、ヘナタリが食されていたことを示唆しているという。

 下北半島六ヶ所村の尾駮沼は古くから馬の産地で、ニシンの漁場でもあったという。おそらく乱獲のためか、ニシン漁は絶えてしまったが、ヨシにおおわれた尾駮沼の姿は今も江戸時代とそう違っていないだろうと著者はいう(30頁)。しかし、ここも核燃料サイクル基地として開発が進み、ニシンが戻る最後の望みが絶たれようとしているらしい。

 アユやゴリが棲む中流域の清流は、ダム建設で次々に壊された。ダムの下流の礫は泥に覆われ、水は濁り、アユの生命線である珪藻畑が失われた(38頁)。「回遊生物の減少は、川と海の連続性の危機をあらためて浮き彫りにしている。」

 私のように古文の才がない者は、第2章からあとの方が、活字に吸い込まれる。江戸時代の江戸っ子たちにとっては、「春は汐干狩りから」と決まっていたそうで、江戸湾の潮干狩りを詠んだ数々の俳句を紹介している(43頁)。大正時代の稲毛付近の写真も、戦後の日本が無残に自然を切り崩していったことを雄弁に物語る。

 すなわち、本書は現在の渚の生態系だけでなく、その過去の自然から掘り起こしているのである。この作業は歴史学者にも、古文学者にも、ただの生態学者にも不可能である。

 干潟といえば有明海、有明海といえば柳川。その柳川の堀割のほとりに生まれ、柳川を愛した北原白秋も、一歩外にある干潟に対し、「おそれにも嫌悪にも似た気持ちを抱いていた」という。この本を読んで、干潟に棲むマテガイやハマグリなどの二枚貝は天然の濾過装置であり、入水管と出水管が作る「貝の目」を探す喜びや、これらの貝が激減してしまったことを知れば、白秋も認識を改めたかもしれない。

 著者がくまなく歩いたのは日本の渚だけではない。世界の熱帯林も彼の調査地である。彼はそこでも、数々の大発見をした博物学者である。異国の森を古文書から説き明かすのはむずかしいかもしれないが、ぜひ、次の著書に挑んでほしい。この本は、十人のすばらしい博物学者と、自然保護論者の巨万の演説に優る支持者を、十年ごとに生み出してゆくことだろう。

(松田裕之 東大海洋研)