「海上の森ボーリング工事と環境影響評価についての質問書」に対する回答

1999年2月12日 松田裕之

1999年2月23日更新

2005年日本国際博覧会会場予定地である「海上の森」(愛知県瀬戸市)で、1998年6月から99年1月にかけて、愛知県は都市計画道路「名古屋−瀬戸道路」建設のための「予備調査」として、大規模なボーリング調査を行った。詳細は日本自然保護協会のホームページ(http://www.nacsj.or.jp/database/expo/expo981117.html)ならびに瀬戸市住人のホームページ(http://venus2.synnet.or.jp/UESUGI/)に載せられている(ボーリング調査地点シデコブシ伐採調査地に残る希少種を囲むテープ、1998年秋のボーリング調査による自然破壊の現状、1999年1月の吉田池周辺の状況)。1998年12月17日付読売新聞の名古屋版には、この調査を慎重に行うよう、環境庁が愛知県に留意を求めたと報道されている。

 ボーリング調査に抗議する11の市民団体(以下、市民の会)から1999年1月18日付で2005年国際博覧会に係る環境影響評価会の各委員に対して「海上の森ボーリング工事と環境影響評価についての質問書」が寄せられた。その内容は上記「瀬戸市住人のページ」http://www.synnet.or.jp/UESUGI/noexpo/990212.htmに掲載されている。

 これに対する私の回答と愛知教育大学の芹沢俊介委員の回答はかなり異なっている。ここに両者の回答を芹沢委員のお許しを得て掲載し、皆さんのご意見を伺いたいと思います。ご意見は松田裕之 164-8639 東京都中野区南台1-15-1東京大学海洋研究所資源解析部門fax.03-5351-6492email: matsuda@ori.u-tokyo.ac.jpまでお寄せください。芹沢さん宛てのご意見も私宛てでも結構です。随時転送します。

 

 市民の会からの公開質問状に対する松田裕之の回答

 市民の会からの公開質問状に対する芹沢俊介委員の回答

 

市民の会からの公開質問状に対する松田裕之の回答は以下の通り

 

  1999年1月21日

東京大学海洋研究所 松田裕之

 

「海上の森ボーリング工事と環境影響評価についての質問書」への回答

 

 1月18日付の上記「質問書」を拝読しました。昨年12月27日には海上の森「ボーリング調査」について私たちが現地を視察する際、愛知県とともに同行いただき、たいへんお世話になりました。

 ご指摘どおり、愛知万博は「適切なアセスメント」を行う責務を果たすべき使命があり、「21世紀のモデルとなるアセスメント」を行うことを宣言したと理解しています。本来なら「2005年国際博覧会に係る環境影響評価会」として、今回の質問状にどう対処するかを議論した上で答えるべきだと思いますが、残念ながら評価会の開催予定が回答期日までにないということですので、個人としてご質問にお答えします。

1)2005年国際博覧会に係る環境影響評価中であり、万博と関連事業とは準備書の提出時期をあわせるなど連携して行うことを明記しています。ですから、現時点では、あくまで既存の工事計画は候補の一つと考えるべきです。けれども、今回ボーリング調査が計画された道筋に沿って集中して行われていることにたいへん驚きました。道路計画における詳細な調査が環境影響評価中に必要だと説明されていますが、道筋が確定する環境影響評価終了後に行うべきだと思います。

2)博覧会環境影響評価手法を検討した者として、その手法、特に関連事業との連携について、私たちの報告書通りに行われているかどうか気がかりです。ですから、昨年12月27日に自主的に現地を視察し、他の委員にも現地視察の様子を報告した次第です。新聞報道によれば、環境庁が愛知県に対してボーリング調査を行う上で留意を求めるよう通知を出したと聞いています。その際に作業マニュアルを作って環境への配慮を行うよう指摘したそうです。

 もしも希少種の自生地保全に配慮するならば、直接切ったり踏みつけたりしなくても、周りの樹木を切ってしまえば影響は避けられません。万博の環境影響評価実施計画書91頁には直接改変等による消失個体数だけでなく、周囲の改変、工作物設置による生育環境変化に伴う影響等も予測手法に含めると明記しています。直接手を下さなくても、自然に対する影響があることを常に配慮すべきです。あれほど大規模に伐採しながら、保護のために希少種の周りにテープが張られているのを見て、私はたいへん複雑な思いを感じました。直接切らなければよしとするような評価が行われるべきではありません。

 また、猛禽類の営巣跡があった場所でボーリング調査を行っていることは残念です。いま営巣していないからよいとは言えません。私が昨年の岩波科学8月号に書いたとおり、現在残された生息場所だけでなく、潜在的な生息場所も含めて生息に適した環境を保全することが必要です。今回の万博では「ノーネットロス」という概念を提唱しているそうですが、影響をゼロにすることはできません。そして、どの程度の影響があるかを定量的に評価することが求められているはずです。

 環境影響評価中に道路計画が確定していない段階で、あれほど大規模にボーリング調査を行えば、「影響要因発生そのものを回避あるいは十分低減させるための対策」を立てているとは思えません。調査が生態系に与える影響がはたしてどの程度の大きさか、またその大きさを現行の環境影響評価によってどこまで評価できるかは疑問ですが、環境影響評価中に行うべき規模の調査とは思いません。この問題は、単に万博と関連事業の環境影響評価にとどまらず、日本の今後の環境政策全般を左右する重要な問題です。万博という名誉ある事業を誘致するにあたり、日本政府が環境影響評価を適切に行うことを約束し、今年新たに施行される環境影響評価法の趣旨を先取りすることをうたっている以上、きちんとした環境影響評価を行うことは国家百年の計に係る重要な問題です。

3)前々項で指摘した通り、道路計画において詳細なボーリング調査を行うなら、万博においても詳細かつ具体的な会場計画が決めた上で準備書を作るべきです。会場計画が環境影響評価を受けて柔軟に改められるということと、影響評価を行う際に具体的な会場計画案が存在しないということは全く別のことです。現在どのような詳細な計画案があるかは知りませんが、具体的な会場計画が決められないままに、準備書が提出されるようなことにはならないと思っています。

 それにしても、なぜこの時期にわざわざあのような大規模な調査を行わなくてはいけないのか、理解できません。今回の最大の問題は、希少種を直接切らなければよいと考える誤った自然観と、環境影響評価の手続きを公正に進め、市民が納得する環境影響評価を行うという姿勢が足りないために起きてしまった事態だと思います。

 以上です。

 

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 市民の会からの公開質問状に対する芹沢俊介委員の回答は以下の通り

(私がfaxでいただいた原稿を、ある方がテキストファイルに打ち直したものです。誤植はないと思いますが、念のためにfaxのgifファイル1234もご確認ください)

海上の森イベントクラブほか11団体様

芹沢 俊介

1月18日付の質問書を拝見いたしました。あまりにも回答期限が迫っており、評価会として対応を協議する時間的余裕もなく、失礼ではないかという気がしますが、地元の問題でもありますので、とりあえず個人として回答いたします。推敲不足ですので今後訂正や補足説明が必要になるかもしれませんが、その点はご承知ください。

 

1.海上地区を含む尾張地方東部の丘陵地は、燃料革命以前はほとんど森林のない状態だったはずです。ですから仮に海上地区の森林全部を伐採したとしても、旧状の里山が回復するにすぎません。ボーリング調査で行われる程度の伐採なら、希少種を狙い撃ちにしない限り、里山の生態系に「多大な」影響を与えるとは考えにくいものです。伐採跡地は、局所的に見ればずいぶん「ひどい」という印象を受けるでしょう。しかし、里山の生態系はもともとある程度の人為的撹乱のもとに成り立っているものですから、そのような「ひどい」状態も里山の一部として受け入れる必要があります。里山の生態系に多大な影響を与えているのは、伐採することではなく、伐採しないことなのです。このことは是非忘れないで下さい。

 そこでボーリング調査の必要性ですが、環境影響評価を実施するためには、可能な限り詳細な事業計画が必要です。国際博覧会はともかく、関連事業については、詳細な事業計画を立てることが可能です。詳細な事業計画を立てるためには、ボーリング調査も必要なように思われます。生態系のアセスメントだけなら確かにそこまで必要ないという気もしますが、公害系のアセスメントのことを考えれば、詳細なルートが不要という主張は説得力に乏しいでしょう。

 しかしながら、ボーリング調査や測量に従事する人の多くが生物多様性の保全に関してあまりにも無関心なのは、私としては大変残念なことだと思っております。例えばシデコブシなら、昨春にもかなり目立つところにあった花付きのよい太い株が、根元からバッサリ伐られました。(ついでに言えば、自然保護協会等が問題にしているシデコブシは、枯死状態の株です。私は昨春確認しています。それを問題にするくらいなら、こちらを問題にする方がよほど気がきいています)。すぐ萌芽するから影響は軽微と言えばそれまでですが、それにしても多少の配慮は欲しかったところです。この点に関しては、今後ともあらゆる機会をとらえて、土木関係者を含む県民一般の方々に、生物多様性保全の重要性を訴えていきたいと考えております。

ちなみに、貴構成団体のうちの一部は、県民の多くが協力して実施した、あるいは実施中の環境庁版レッドデータブック調査、県版レッドデータブック調査、県内の植物相調査等に非協力的な態度をとり続けています。これは大変遺憾なことです。公開質問状を出すくらいなら、その前にこのような地道な自然情報の蓄積に背を向けた態度を改めるよう、強く希望します。

 

2.本環境影響評価の実施に関連する諸問題については、ボーリング調査に限らず、また評価会として調査する、しないにかかわらず委員としての、責務を果たすのに必要な情報は常に収集しているつもりです。したがって、お尋ねの点に関しては、現在のところあまり必要を感じていません。

しかしながら、予備調査の前提となる事業計画については、博覧会と県の長期計画との間に、相当のずれが見られます。例えば、膨大な木材を使ってトポス、デッキを作るという計画は、できるだけ恒久的構造物を利用するという約束になじみません。住宅地の先行利用なら、本来はマンション型の建物でも国際博覧会ができる」というところに新しさを見出すべきでしょう。Cゾーンの中に水平回廊のような大規模構造物を作ろうという、「自然を大切に」という看板を掲げて、実は「自然を『おおぎり』に」切りきざみたがる発想も困ったものです。県の長期計画では、BCゾーンをピーク時でもせいぜい一日2000人程度の許容量とみなし、できるだけ構造物を作らない「ふれあいの森」として整備する意向のようですから、博覧会もそれにあわせた事業計画を考えてほしいものです。

「ふれあいの森」はアセスメントを必要としない内容の事業ですから、「アセスメントの連携」という点では考慮の対象にならないかもしれません。しかし、「長期計画用地の先行利用」という点では、当然のことながら、博覧会の内容を制約するものです。里山の保全にとって、伐採は支障となるものではありません。前項でも述べたとおり、むしろ歓迎すべきものです。しかし、その場所を将来とも里山として活用したいならば、地形の大幅な改変や大規模構造物の設置は、原則として避けなければなりません。この問題については、皆様方もぜひ注視してくださるようにお願いいたします。

 

3.今回の環境影響評価では、少なくとも植物分野の調査はほぼ完全に行われたと判断しております。もちろん完璧ではありませんが、自然の調査では完璧は不可能です。「調査に十分な時間をかけていない」という批判はあたらないだろうと思います。この点については、私は他委員会の委員の一人として責任を持って監視しているつもりです。実施計画書に示された範囲の調査は誠実に実行されていますし、それなりに追加項目もあります。フロラリストにおける既存資料の使い方も、適切なものとなるよう助言しました。植物以外についても、それぞれの分野の方がきちんと職責をはたされているものと信じます。「信用できない」ということであれば、皆様方の質問は矛盾しているように思われます。むしろ、準備書を早く公表するよう要求するべきでしょう。そして、それを見てから批判してください。予測・評価がどのようなものになるかは現在の時点ではわかりませんが、これは少なくとも、時間の問題ではありません。

ちなみに、事業計画が完全には定まらない状態で博覧会アセスを実施するというのは、最初から予告されていたことです。実施計画において住民意見や知事意見をどう取り入れるかは、環境影響評価会では事業者の専決事項となっています。質問書にあるように「環境影響評価法の趣旨の先取り」という枠を了承するならば、「修正・確定した実施計画書」と称するものが公表されていなくても、実施計画が定まっていないことにはなりません。環境影響評価法によれば、実施計画書に対する住民意見や知事意見への対応は、準備書の中で示すことになります。この点は博覧会協会が事前の公表を考えていたとしても、どこかから指導があってできなくなった可能性が高いと思われます。

 

「調査に時間をかけていない」という指摘なら、現在準備書が公表中の中部新国際空港やそれに関連する事業の方が、格段に深刻な問題を抱えています。中部新国際空港の埋立や土採事業は、藤前干潟問題とも関連します。捨てる場所がないから干潟を埋めると言う一方で、埋め立てるものがないから山を崩すというのは、どう考えてもおかしい話です。その意味でも、愛知県の自然環境に与える影響は甚大です。それなのにこれらのアセスメントは、「海上地区のアセスメントは調査しすぎでとても見本にならない」、「海上地区のアセスメント調査のような時間はとてもかけることができない」と言わんばかりの内容です。

 

海上地区のアセスメント調査に、全く問題がないとは言いません。「21世紀のモデル」という観点から、より完全なものにしたいという気持ちも分かります。しかし、従来のアセスメント調査の水準からあまりにも離れては、逆効果です。愛知県の自然環境を全体として保全するという観点から言えば、海上地区のアセスメントが調査不足という皆様方の指摘は大悪を見逃して重箱のすみをつつくに近く、あまりにもバランス感覚を失っているように思われます。現在緊急に必要なのは、海上地区の調査の批判ではなく、「海上地区の調査を見習え」という指摘です。

 

補足説明

前置きの「評価会としての対応協議」第2項の「あまり必要を感じておりません」という判断に関連して、今回の環境影響評価に関連する各委員会の権限についての、私の現時点での理解を述べておきます。

環境影響評価法によれば、方法書に対する知事意見を受けてから準備書の公表までのプロセスは、事業者の専決事項です。この間の意見や要望は、事業者がチェック機関として設置した、博覧会ならアドバイザー会議、関連事業なら都市計画地方審議会環境影響評価部会に対して行うべきでしょう。ただし、アドバイザー会議は事業者が任意に設置した機関ですから、アドバイスはできても決定権はありません。準備書の内容に反対であっても最終的に止めることはできません。環境影響評価部会も、所詮部会ですから、権限は限られています。

準備書が公表され、市民からの意見書が提出された後知事意見が出されるまでのプロセスには、県の環境影響審査会議が関与します。そこでこの間の意見や要望は、県の審査会議に対して行うのが適切でしょう。審査会議の結論は知事意見の「参考」になるにすぎませんが、実際上無視はされないと思います。知事意見を評価書にどう反映させるかはたてまえでは事業者の専決事項ですが、事実上無視できないでしょう。

評価書が作成されて通産省に送付されると、大臣は環境庁長官の意見を参考に、修正を指示することになります。このプロセスに関与するのが、2005年国際博覧会に係わる環境影響評価会です。評価会としては、公式にはこの段階で通産大臣から諮問があって、はじめて意見を述べることになります。

 

従って、現時点で2005年国際博覧会に係わる環境影響評価会委員に公開質問状を出すのは、いささか見当外れのように思われます。3委員から出された報告書についても、私は各委員の職務権限という観点から、全面的には賛成しかねます。現時点での公開質問状なら、私はアドバイザー会議に対して出すのが適切であると考えます。

 

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