変動班

管理と保全の変動モデル

東京大学海洋研究所 松田裕之・立川賢一・勝川俊雄 

 生態系は常に移り変わる「諸行無常」の世界であり、海洋生態系も例外ではない。日本近海のプランクトン食浮魚類は下図のように漁獲量が数十年単位で大きく変動している。これは漁業や人為的な環境改変の影響ではなく、有史以前から続く自然変動である。
 このような非定常性をもつため、毎年同じ量だけ獲り続けることはできない。さらに、どれだけ魚がいるか、将来何がどれだけ増えるか、よくわからない。これを不確実性という。私たちは、浮魚類の変動機構を説明する「3すくみ説」を提唱する一方、ある程度の不確実性を見込んだ上で、資源が絶滅するリスクを避ける順応的管理(adaptive management)の理論を研究している。
 下図をみてもわかるように、さば類(主にマサバ)は1970年代にたくさんいたが、1980年代にマイワシガ増えた後は低迷した。この魚種交替機構の解明と魚種交替を考慮した持続的な資源利用の理論の開発に取り組んでいる。

 しかし、90年代に入ってからマサバ太平洋系群に復活の兆しが見え始めた。1992年生まれと1996年生まれは加入量がたいへん多い「卓越年級群」で、これらが親になるまで生き残れば、産卵親魚量が飛躍的に増えただろうと予想される。ところが、19939697年に、これらの卓越年級群が0歳か1歳のときに、ほとんど獲り尽くしてしまった。上図に示すとおり、現状ではこれらの年の漁獲量は多いが、産卵親魚量は低迷したままである。
 漁獲物に含まれる未成魚の割合は19701989年には49%であったのに対し、1993年以降は82%にも達する。これは単に海の中の齢構成の若返りだけではなく、漁獲係数自身、未成魚も成魚も区別がなくなった


 もし、
1989年以前と同じく、未成魚をあまり獲らないような獲り方を続けていたらどうなっていただろうか?過去の産卵親魚あたり加入量RPS)の年変化を推定し、これを環境条件による変動と見なし、異なる漁獲率で管理してとった場合と現状とを比較した。1992年の卓越年級群を保護すれば、3年後には産卵親魚が増える。その結果、1996年生まれの卓越年級群はさらに豊度が増し、上図の試算ではすでに低水準期脱出の可能性さえ示唆された
 その間の漁獲量は、たしかに1993年は現状よりずっと少ないが、成魚が増えることで早晩獲り返すことができ、順調に増えていた可能性がある。
 上図の試算には、過密になると加入率が下がる密度効果を想定している。しかし、1992年と1996年の加入率は高水準期に比べても極めて高く、資源はすでに回復基調に入っていることが示唆された。これは加入量の変動機構にも重要な示唆を与える。

  1996年、国際自然保護連合(IUCN)はミナミマグロを絶滅危惧種(CR)に指定した。CRとはごく近い将来に絶滅する恐れが極めて高いものを指す。しかし、IUCNの担当者もマグロの絶滅の恐れが本当に高いとは思っていない。
 これは1992年地球サミットで認められた予防原則、すなわち、不可逆的な環境変化の恐れに対しては、証拠不十分でも早めに対処するという原則の誤用である。上記判定は、個体数がよくわからない場合の基準であり、たくさんいるマグロにそのまま当てはめるべきではない。


 この私たちの主張は一部認められ、
2000年のIUCNアンマン総会では絶滅危惧種の定義と判定基準が見直され、管理された生物とそうでない生物を区別するようになった。
 ミナミマグロは1989年以来日豪、ニュージーランド3国できわめて厳しい漁業管理が行われている。上図のように、その後しばらく親魚尾数はなお減り続け、1990年代半ばになって、ようやく回復し始めた。これは現在の日本人口動態の裏返しである。少子化が進んだ日本人は、高齢化によりまだ増え続けている。マグロは逆に、管理された後に生まれたマグロが親になるまで待たねばならなかった。
 では、このまま順調に増えるかというと、楽観できない。図は私たちのマグロの将来予測の一例だが、未成魚は既に再び減り始め、それに応じて再び成魚が減り始める恐れがある!
 これは管理が失敗したせいではない。これから、最も成魚が少なかった90年代半ばにうまれたマグロが成魚になろうとしている。これを逆ベビーブーム現象という。少子化が続く中で、団塊の世代が親になったとき第2次ベビーブームが生じたのとは逆に、管理がうまくいっていても、親が少なければ子供も減ってしまう。
 乱獲と保護がもたらす齢構成の極端な歪みにより、資源は振動する。これを人口学的慣性という。

 キューバのタイマイは、1995年以降、不確実性を考慮した順応的管理を行うため捕獲量を以前の1/10に減らしている。国際的な自然保護団体も持続的な捕獲が可能であることを認めている。この順応的管理をリスク評価の観点から研究を進める。