農林水産省水産庁資源管理部管理課海洋資源対策班 御中

 

海洋生物資源の保存及び管理に関する基本計画の変更についての意見

 

                            平成12年10月27日

                     東京大学海洋研究所 助教授 (43歳、男)

                            松田裕之

 

 3年前、国連海洋法条約の下で日本にも漁獲可能量(TAC)制度が導入されたとき、水産資源研究者は期待に胸を膨らませていました。持続可能な漁獲量を法制度の下で算定し、本格的な水産資源管理ができるはずでした。けれども、TAC対象魚種は乱獲が深刻な底魚類ではズワイガニとスケトウダラだけで、自然変動の激しいマイワシ、マサバ・ゴマサバ、サンマ、マアジの6種(1998年からはスルメイカを加えて7種)にとどまりました。さらに水産庁が算定した生物学的許容漁獲量(ABC)は非公開とされ、許容漁獲量は社会的経済的事情を加味して決められることになりました。情報公開の時流を受けて、2000年からABCの算定値も公表されることになり、2000年からABCの算定方法が水産庁から公表されました。

 この方法を取りまとめられた関係者のご尽力と、パブリックコメントに付せられた点に深く感服しました。しかし、この方法には、現在の漁獲量を追認してしまう恐れがあると感じられる点があります。特に、以下の点が問題です。

 

1)予防措置に基づいていません。水産資源は乱獲に対して必ずしも非可逆的とは言えませんが、不確実性に備えて予防的な対策(予防措置)をとるべきです。今回のABC算定法は一見不確実性を考えているように見えます。しかし、本来の予防措置の趣旨からは、より不確実性なものほど控えめな漁獲量を設けるべきなのに、逆に、詳しい情報がない魚種ほど現状を追認する算定法になっています。したがって、しばしば、情報を集めるほど漁獲圧を下げる努力が必要になります。行政や漁業者にとって、資源研究は現状追認を邪魔するものになってしまう恐れがあります。

 たとえば、漁獲量(と大まかな資源の増減傾向)しかわからないとき、資源が低迷・減少していれば漁獲量を過去3年平均の2割減(これでは0.8[1+r+r2]/3=r3よりr=0.89、つまり毎年1割減になります)、資源が増加・安定していれば漁獲量を現状維持することになっています。資源の増減がわからないときにどちらをとるか不明確ですが、まず増減不明のときは減少とみなすと明記すべきです。それでもまだ足りません。漁獲圧の削減ではなく、毎年1割減の漁獲量を認めれば、急激に減少している資源は枯渇してしまうでしょう。

 本来、予防措置に基づき、情報がないものほど保守的で、情報を集めるほど大胆に漁獲できるような算定法が望まれます。少なくとも、管理の手薄な魚種については年限を区切って管理体制を改善する必要性に言及すべきです。資源研究者は証拠を示して漁業を続けることのできる研究に貢献したいはずです。

 

2) 加入乱獲よりも成長乱獲の考え方を優先しています。加入量あたり産卵量(SPR)と加入量あたり漁獲量(YPR)の解析を行う場合、その両方に基づいた漁獲圧が設けられます。通常、成長乱獲を防ぐことは加入乱獲を防ぐよりやさしく、YPRを最大にする漁獲圧Fmaxやそれより少し小さいF0.1でも、加入乱獲を防ぐことはできません。%SPRが加入乱獲を防ぐ目安ですが、FmaxがF0.1やF30%SPRよりも過大なときにはF0.1からABCを決めることになっています。これでは、加入乱獲を防ぐことはできません。

 

3) 資源回復・管理計画の数値目標がありません。限界管理基準Flimitと目標管理規準Ftargetを設けていますが、これは不確実性への対応のためです。「不確実性への対応」と、「資源がすでに乱獲状態にあって回復させる必要のある魚種と現状を維持すればよい魚種の区別」は別のことです。資源を回復させるなら、単に不確実性を考慮したFtargetを用いるだけではなく、たとえば10年後までに資源を2倍にするなど、明確な数値目標を立てるのが国際的な常識です。また、現状を維持する場合でも、どうすれば現状を維持していると言えるかの基準がありません。さらに、将来管理に失敗したか成功したかの評価基準を示すべきです。

 

4) 継続的な資源監視(monitoring)と連動していません。魚種の重要性や資源評価の容易さに応じて、将来にわたる資源量調査を義務づけるべきです。資源を持続的に有効利用するために、本来どんな調査が必要で、現実的にどんな調査が可能かを明らかにすべきです。また、継続的な資源監視と連動せずに管理の成否を判定することはできません。これはフィードバック管理の考え方を取り入れていません。不確実な資源でも科学的に持続的利用ができるとして、日本は国際捕鯨委員会(IWC)でフィードバック管理を提唱し、IWC科学委員会はその発想を取り入れた改訂管理方式で国際的に合意しています。対外的に主張していることは、内政でも実行すべきです。

 

5)MSY概念が非定常状態に対応していません。MSYを「その資源にとっての現状の生物的,非生物的環境条件のもとで達成できる,最大の平均漁獲量」としていますが、持続可能性に言及していません。TAC対象魚種が浮魚中心で、高水準期と低水準期のフェーズに対応して管理基準値を設定しABCを算定する以上、これは現状追認になる恐れがあります。

 

6)合意形成の手続きがどのように進められるのかが周知されていません。合意形成の手続きの透明性が不十分と思われます。科学的に未知の部分が多く、情報に限りがある場合、政策決定には公共の合意形成の手続きが欠かせません。つまり、ABC算定方法案を水産庁でとりまとめたあとに公表して広く内外の専門家の意見を求める作業が必要です。同時に、各魚種の各年の生物学的許容漁獲量を定める際にも意見を求める手続きが必要であり、さらに、漁獲可能量を決める際にも必要です。そもそも、どの魚種をTAC対象魚種とするかについても公共の意見を求めるべきです

 

以上、誤解がございましたらお許しください。よろしくご検討のほど、お願い申し上げます。