愛知万博環境影響評価書に対する意見
2000年1月14日
松田裕之(通産省万博アセス評価検討会)
昨日、通産省万博アセス評価検討会があり、報告書(通産大臣意見への助言)がまとまりました。 今朝、中日新聞にもっとすごい記事が出たらしくて(先ほど入手しました)、陰(「暗さ」?)が薄くなりましたが、いまのうちに報告しておきます。以下は、私の個人的見解であり、検討会の内容そのものの紹介ではありません。
目次
1)まだ評価書を出すべきではなかった。
2)評価書のやり方では、影響低減が明らかとは言えない。
3)登録申請の期限はもっと先であり、評価書作成を急ぐ必要はなかった
4)海上の森への負荷は本当に減ったのか?
内容
1)まだ評価書を出すべきではなかった。
昨年10月出した万博の評価書は、本来出しては行けなかったものです。計画変更からわずか2ヶ月程度の調査しかできない段階で、計画熟度も著しく低い青少年公園地区等についての評価は書けません。既存の文献と資料を活用するということですが、評価書青少年公園地区等編の40頁の既存資料による注目すべき植物種のリストと、44頁の今回の夏期の調査によるリストは大きく食い違っているなど、前者はほとんど参考にできていません。少なくとも通年の調査が必要であることは環境影響評価の常識です。「但し、本調査結果が8月、9月の各1回ずつに留まっており、今回は確認できなかったが、他の季節にのみ確認可能な種が、本地区に生息している可能性がある」(評価書青少年公園地区等編49頁)などというのはお粗末も度を越しています。評価書にこんなことを書いてあるのは、あるアセス会社の人も「経験がない」そうです。
青少年公園を会場に加えたのはオオタカ営巣などによる環境保全措置の一環であり、そのこと自体は歓迎すべきことと思います。BIEは交通手段に疑問を持っているようですが、それなら大部分の入場者は青少年公園に集めればいい。新たな市町村を加える場合は環境影響評価法施行令に拠ればアセス再実施になるのですが、今回は法施行前にその趣旨を先取りしたことと言うことで、「2005年日本国際博覧会環境影響評価要領」第2章第8の(5)
ですから、影響が軽減することを<評価書において>示すことができなければ、アセスはやり直さなくては行けません。現時点では、あきらかに調査不足であり、軽減をあきらかにできたとは言えません。
しかし、これには検討会内部で異論もありました。その結果、「(会場を増やした)第II案の方向を採用することにより、総合的評価において環境影響の程度は低減されることは一定程度明らかであり、」という表現で報告書は決着しました。つまり、第II案そのもので軽減することが、評価書においてあきらかとは書かない形になりました。
その結果、上記の(5)が適用されるとも明言できないことになりました。(6)があるので、アセス自身をやり直すことにはしないという結論は生きていますが、本来、昨年10月時点で評価書を出すべきではなかったと思います。
次の段階(評価書の修正)に進むことになりましたが、修正の段階でも我々通産省評価検討会が何らかの形でフォローアップすることを期待するとも報告書に盛り込まれました。
2)評価書のやり方では、影響低減が明らかとは言えない。
評価書では、変更前の海上地区においてのみ実施する計画案(以下「第T案」という)と比べて環境影響の程度が低減する旨が評価書において明らかになったと結論付けていますが、残念ながら、以下の理由により、その条件が満たされているとは言えません。第一に、本事業の計画変更で保全を図った場所が地域整備事業によって依然として改変対象となっていること。第二に、計画変更決定からの期間があまりにも短かったために、青少年公園地区等の会場計画の熟度が低く、かつ通年を通じた影響調査ができなかったこと。上記二つの理由により、評価書であきらかな影響低減という評価項目「++」が一つもありません。そして、第三に、環境への配慮から海上地区の入場者数を半減させるという英断を下したにもかかわらず、海上北地区の改変が残っていること。
現時点で、強いて2つの会場計画案の評価を行うとすれば、「0」(影響の差がない)ものと「+-」(調査不足、熟度不足で評価不明)などを区別すべきです。その結果、私は以下の表2のようになると思います。
表1 総合評価のマトリックス(各項目それぞれ順に工事中/存在/供用時)評価書1418頁よりまとめたもの。「・」は該当項目無し。
大気質 +*/・/+* 植物 +/+/(+)
騒音 +*/・/− 動物 +/+/+
振動 −/・/− 生態系 ・/0/・
水質 0/・/− 景観 +/+/0
水辺環境 +/+/0 触れ合い 0/0/0
土壌(表土) +/+/・ 廃棄物等 0/・/−
光害 +/・/+ 温室効果 +/・/−
注:*は環境庁長官意見により再検討するよう指摘された項目。(+)は評価検討会において博覧会協会が0に訂正した項目。
表2 総合評価のマトリックス(工事中/存在/供用時)。松田が評価書をもとに独自に評価したもの(昨年11月の環境科学会で示したもの)
大気質 ?/・/? 植物 ±/±/0-
騒音 ?/・/− 動物 ±/±/±
振動 −/・/− 生態系 ・/±/・
水質 0/・/− 景観 +/+/0
水辺環境 +/+/0 触れ合い 0-/0-/・
土壌(表土) +/+/・ 廃棄物等 0/・/−
光害 ?/・/? 温室効果 +/・/−
他の委員から異論もあるでしょうが、少なくとも植物・動物・生態系についての私の見解は変わりません。調査不足で「+」や「0」とは言えません。
上記の大気質と騒音は、新たに青少年公園地区等への影響が加わったにも係わらず、海上地区でのごくわずかの改善によりII案を良しとする強引な結論であり、しかも大型バスの影響を第I案だけに盛り込み、第II案では無視しているなど、不公正なものもあります。
3)登録申請の期限はもっと先であり、評価書作成を急ぐ必要はなかった
通産省は、この博覧会は5年(以上)に一度の大きな万博と私たちに説明しています。規約上は大阪万博のような一般博は開催5年前に登録する必要があり、筑波博のような特別博は3年前でよいそうです。ところが愛知万博は特別博であり、大きな万博にしようと言うのは規約以外の事情によるものです。今日1/14の中日新聞でもBIE(博覧会国際事務局)は昨年11月に来日した際、「もし、あなた方が今の万博計画で申請してきたなら、「もう一度ゆっくり検討して、書きなおしてくれ。BIEは待っているから」ということになる。」と述べたと報じています。つまり、規約上はまだ時間にゆとりがあるのです。
昨日の検討会でも、通産省は「(開催5年前の登録申請は)BIE側からの期待である」と断言しています。上記の報道が事実とすれば、「ゆっくり検討」することを求めているはずです。
もちろん、BIEが何か言ったから私たちが結論を変えるというものではありません。私たち通産省評価会は私たち自身の科学的見識に基づいて評価書が妥当かどうかを判断します。しかし、最後まで、時間的ゆとりがないという前提で議論されていたと理解しています。
評価会は、あくまで通産省の説明を信じて議論しています。
大きな万博にしたいなら、もともと一般博を誘致すべきだったはずです。環境万博に徹するなら、特別博でいいはずです。入場者数を増やすことだけが歴史に残る「大きな万博」ではありません。大きいことが意義があるというのは、20世紀の発想そのものです。むしろ、きちんと合意形成する過程そのものが「21世紀のモデル」になると考えるべきです。オリンピックやサッカーW杯がテレビで変わったように、博覧会はインターネットの普及と共に大きく様変わりするはずです。2500万人の入場者より、その十倍のホームページ閲覧を目指す方が、私は斬新だと思います。安易にやるとつまらない企画に終わりますが、うまくやる案が作れるはずです。電脳万博+青少年公園の1000万人入場+15万人の海上の森散策(世界のナチュラリストの自然の親しみ方の交換)などを結びつける方がいいでしょう。 それはともかく、2500万人の入場者=大規模工事=早期着工=早期登録=早期評価書という流れは、不備な評価書を書いてもいい口実にはなりません。
4)海上の森への負荷は本当に減ったのか?
環境庁長官意見にも、今度の報告書にも、主要施設地区の面積が1/4程度の影響低減と言う表現がありますが、評価書のどこを見ても、主要施設地区面積の1/4の低減は影響評価の対象となっていません。自然系で最も定量的な評価ができるのは注目植物種の消失個体数ですが、評価書本編その2の777頁には、主要施設地区の造成による改変のごく一部(万博による独自の造成)しかみえません。806頁の地域整備事業による改変をみても、主要施設地域で一体どれだけの影響低減が図られたかは評価書に載っていません.1107頁のオオタカの主要餌生物の場合も、両案で改善は全く見えません.もともと、本事業独自に造成する直接改変の影響は微々たるものであり、1130頁には、関連事業の影響は約10%になる可能性も示唆されています.これも、両案での比較は示されていません.評価書はあくまで本事業による直接改変と間接的な影響を評価したものであり、地域整備事業で改変して本事業で利用する部分の直接改変の影響(これが二つの案で違ってくるはずです)は書いていないのです。
今回の評価書はいわば、脳死判定を大幅に省略して臓器移植を行うに等しい暴挙です。手抜きは努力不足でなく、計画変更からあまりにも時間がなく、青少年公園などの計画熟度が低すぎるために生じました.しかし、だからといって手抜きが許されるわけではありません.もっと時間をかけて評価をすることはできました。
今回の評価書を前向きに評価することは、これらを認めることに等しく、今後の日本の環境行政に与える負の影響は限りなく大きいでしょう。
ミナミマグロの漁業を巡って、日本は豪州などに国際法廷の場に訴えられ、昨年、外務省と水産庁は総力をあげて対策を練り、あっけなく負けました。今度、同じ轍を踏まないという保証は全くありません。