北海道新聞2001年8月15日 13面

21世紀 私たちの環境 野生の行方(1)エゾシカ

エゾシカの捕獲頭数−98年度ピークに減少

道内のエゾシカの生息数は、明治初期に乱獲と豪雪によって激減し、1889(明治22)に捕獲は禁止された。その後、生息数の回復に伴い禁猟が解かれると、シカの数はまた減少し、1920(大正9)には再び捕獲が禁止された。エゾシカを巡る歴史は、乱獲と保護の繰り返しだったと言える。1980年代後半になると、エゾシカによる食害が増え始めた。シカを減らすため、94年度には道東でメスジカ猟が解禁された。98年度の「緊急減少措置」を受け、道東の捕獲数は従来の1人当たり11頭から、メス2頭かオスメス各1頭に緩和。捕獲頭数は前年度の約47千頭から約73千頭に急増した。現在、エゾシカの正確な個体数は不明だが、緊急減少措置によって、道東4管内では97-98年をピークに生息数が減っていると考えられている。

 

保護と捕獲 問われる見識

 

二十世紀、乱獲や開発で多くの動物が絶滅した。身近にいたのに、めったに見られなくなった昆虫や魚も珍しくない。一方、保護政策や天敵の減少で特定の動物の個体数が増え、農作物や森林に被害を与える例も出てきた。ゆがんだ生態系を、どう回復させるのか。複雑に絡み台う問題に取り組む、各地の動きを追う。(三回連載します)

 

「緊急減少」13万頭

 農作物や樹木の食害など、道内で深刻な農林業被害をもたらしているエゾシカ。道東の網走、十勝、釧路、根室の各管内で増えすぎた個体数を適正水準に導くため、道は一九九八年、道東地域エゾシカ保護管理計画(道東計画)を策定した。シカの個体数が計画で定めた「大発生水準」を超えているとして、同年度からの「緊急減少措置」により、九九年度までに道東地域で計約十三万頭を狩猟などで「捕獲」した。道エゾシカ保護管理検討会委員を務める、東大海洋研究所の松田裕之・助教授は「緊急減少措置がとられなけれぱ個体数はもっと増え、農林業被害はさらに深刻になっただろう。それを食い止めたのは、計画の大きな成果」と評価する。

 計画では、個体数が大発生水準以下になれぱ、緊急減少措置より緩やかな漸減措置に移行する。シカに関する情報の精度が増したり、間題が生じたりしたら、管理方針を改善する。状況に応じて対策を変える柔軟性が特徴。目標は、エゾシカの個体数を大発生水準以下に抑えつつ、絶滅の危険を避けることだ。「大発生水準以下になった後、この水準を超えた場合や、減りすぎて禁猟措置をとった場台は、計画は失敗ということ」(梶光一・道環境科学研究センター自然環境保全科長)

 

目標達成は数年後

緊急減少措置は続けられたが、個体数は大発生水準以下に減らなかった。二〇〇〇年、道は道東計画を引き継いだ「道エゾシカ保護管理計画」を策定。九三年度の時点での道東四管内の推定個体数を、道東計画での十二万頭から二十万頭に増やした。緊急減少措置も、九八年度からの「おおむね三年間」を「〇二年度までの五年間」に延長した。

 個体数を、〇二年度までに大発生水準と定めた十万頭に減らす。これが「計画の目標達成の第一ステップ」(宮津直倫道エゾシカ対策係長)。だが、モニタリングの数値を調べたところ、達成できるかどうかは微妙だ。松田助教授は「来年度達成の可能性は小さい。達成は数年後かもしれない」とみる。その場合は「緊急減少措置を再延長することになるだろう」(筥津係長)。個体数を十万頭に減らした後、エゾシカの個体数の適正水準をどう設定するかも今後の課題だ。現在は五万頭を目標水準にしているが、梶科長は「暫定的なもの」という。農林業被害を抑えるだけなら、絶滅の危険が少ない最小値、五万頭でよい。しかし、「シカは単なる害獣でなく、価値ある動物という考えが広がれぱ、目標水準はもっと高くなる」(梶科長)。大発生水準の十万頭から五万頭までのどこに目標を定めるか、行政の見識が問われている。

 

市町村単位に管理

エゾシカの価値を高めようとする動きも、道内各地で始まっている。昨年九月、網走管内美幌町で馬に乗ってシカを観察する催しが行われた。東京農大生物産業学部(網走市)でエゾシカを研究する傍ら、この企画に携わった北原理作さんは「エコツアーや教育目的でシカを見に来る人が増えれぱ、シカや農村の価値が高まる」と期待する。エゾシカ協会(石狩管内当別町)は、質の良いシカ肉の普及を目指す。肉の需要が増えることもシカの価値を高める。エゾシカの利用が進めば保護管理の方策も変わりうる。シカで観光客を呼び込むことに成功した地区では、シカを手厚く保護しようと考えるだろう。逆に全体の個体数が適正でも、シカの生息密度が高く、食害が深刻な地域では、より多く捕獲しようとする。梶科長は「例えぱ市町村単位などでの、きめ細かな保護管理が必要になるだろう」とみる。

 松田助教授は「エゾシカの保護管理は難しい。だからこそ道は政策を転換させる際、責任ある立場で市民に参加してもらい、情報を提供し合意を得る必要がある」と指摘する。シカの多様な価値を見いだすことは、行政だけでは困難だ。エゾシカを巡るさまざまの動きは、野生動物との共生が、私たち自身に深くかかわる課題であることを教えてくれる。

東京杜会部 中村 康利