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日本における湿地の保全生態学を振り返って
− ベ−スラインはどこに、そして再生の方策は?−

企画責任者: 日鷹一雅(愛媛大学)・松田裕之(東京大学)


概要

我が国は、昔から高温多湿なモンスーン気候が生み出した湿地の風土であった。現在では多く湿地が水田に形を変えたが、そのような二次的自然を含め、湿地生態系はかけがえのない自然の一つである。ラムサール条約以降、1990年代から我が国における湿地生態系の保全はその重要度を増し、生態学の応用場面として各方面から注目されている。このような視点から、自然湿地、水田、河川後背湿地など多様な湿地環境について、種生物学、個体群、群集、共生系など様々な視点から保全を意識して探求してきた研究者を一堂に集め、そもそも湿地保全のベースラインの生態系構造はどんなものなのか? また湿地の保全はどうあるべきか? といった課題について、冬期湛水、中池見におけるミチゲーション、生態工学的な農村環境整備事業など具体的な保全現場の事例を交えながら議論を深めたい。

プログラム

司会:松田裕之(東大海洋研)




湿地生態系の多様性と再生の道を探る

松田裕之(東大海洋研)・波田善夫(岡山理大)

生態系の多様性は、遷移と自然撹乱によって維持される。湿地・湿原を構成する植物は、主に多年生の草本であり、冬季はおおむね枯れる。このような草本主体の生態系は、環境変化や遷移によって優占種が容易に代わる。中栄養から富栄養な環境においては、遷移の結果、しばしば生物体量と植生高が増え、ヨシなどが優占する植生に落ち着く。上流からの土砂供給は、その遷移を振り出しに戻す地形変化を伴う撹乱要因であり、水位・水質などの水環境の多様性を作り出すと共に、撹乱が繰り返されれば、さまざまな遷移段階の植生が一つの地域にモザイク状に共存することになる。また、イノシシなどの摂食や泥浴びなどによる撹乱も、一時的には植生に負の影響を与えるが、モウセンゴケやミミカキグサ類などの極小な植物の生育場所を作りだし、数年後にはハッチョウトンボなどの生息場所になることがある。河川からの極端な土砂供給量の減少は、各地の河原、山間の湿原や谷津田の植生と流路を大きく変えてしまった。 福井県敦賀市の中池見湿地は、山間の埋没谷で、大きな流入河川がないという特徴を持つ。現時点でほとんどの水田が放棄され、跡にヨシ群落が発達しつつある。水田生態系の保全とは別に、開墾以前の中池見の植物相の保全と復元を図る必要がある。以前の植物相が多様であったとして、その維持機構を解明することが、保全策の決定に欠かせない。中池見全体で比較的均質な水環境が維持されていることから見て、おそらくそれは、流路と開水面の長期変動であったと考えられる。そうだとすれば、現時点での動的湿地の発達を妨げる最大の障害は、固定した排水路と畦道の存在である。また、このような生態系の動的平衡を維持するには、ある程度の面積、隣接する生態系との生物の移動、遷移の速さと撹乱の規模と頻度の微妙な釣り合いを制御する必要がある。このような動的平衡は、放置するだけでは維持されず、人間の保全措置が必要となるだろう。