哺乳類学会 9月21日 公開シンポジウム
野生哺乳類(特にシカ、クマ、鯨類などの大型哺乳類)の保護管理は、(1)魚類などと比べて個体数が少ない、(2)地域において個体群の保全、資源としての利用、獣害対策の諸問題が絡み合っている、(3)愛護の対象となるなどの特徴がある。繁殖開始齢はシカの2年に対しマグロ類の約8年、社会構造の複雑さ、生態系に占める地位の重要性などは、必ずしも他の動植物と区別する必要はないかもしれないが、少なくとも単なる個体数管理を超えた管理の必要性が広く認められる。また、生息数、自然増加率などの不確実性を十分取り入れた保護管理の必要性が認められ、鯨類管理の理論として国際捕鯨委員会(IWC)で発展したフィードバック管理がエゾシカに適用されるなど、日本における順応的管理、生態リスク管理の最先端を担う理論と実践の場となっている。
順応的管理においては、実証されていない仮説のもとに管理計画を立てる代わりに、管理を仮説検証実験とみなし、管理する中で仮説と管理計画を見直し続ける。エゾシカ保護管理計画においては、生息頭数の絶対値が不確実であることを見越して、相対的な個体数指数の変動に応じて捕獲圧を調節する計画を立てた。そして、現実に絶対数を見直している。ここでは、科学者の提言と行政の施策がほぼリアルタイムで連動している。
順応的管理においては、個体数の継続推定が不可欠である。その手法は発展途上であるが、シカ、クマ、鯨類の実例から、以下のような教訓が浮かび上がってくる。(1)特に捕獲数の激変を伴わない生物では、相対的な増減は推定できても、絶対数の不確実性が高い。シロナガスクジラの絶対数については大きな異論はないが、ミンククジラの絶対数はよくわからない。エゾシカは緊急減少措置でとり続けるまで過小評価していた。
(2)推定値の信頼区間自身が不確実であるから、年に一度の精緻な推定よりも、頻繁に一貫した方法で調査することが重要である。IWCの南大洋調査は推定手法は厳格だが1巡に数年以上かかり、簡便だが毎年行うエゾシカ管理に比べて結果が不安定である。しかも1巡ごとに調査デザインが変わり、絶対数推定法が改善しても、相対的な増減が不明確である。いずれにしても、相対的な個体数指数の信頼幅が管理の失敗確率(リスク)を左右する。
(3)個体数の過大評価、過小評価ともに、将来の社会的合意形成に際して思わぬ副作用をもたらすことがある。渡島半島のヒグマは最小存続可能個体数に近いと主張してきたが、それより多いらしいことが判明し、合意形成に注意を要する。管理計画作りは後手に回ってはいけない。数年後にどのような情報がわかり、どのような管理でどう合意形成を図るかを展望する必要がある。
(4)乱獲から保護に転じた(またはその逆の)生物では、齢構成の激変から個体数が予想外の変動を示すことがある。特に世代時間が長い生物では注意が必要であり、回復初期には自然増加率より高い回復を示すこともありえる。結論は慎重に下すべきである。