北海道新聞1月4日付け 原稿
『生態系守る「八戒」指南』
「持続不可能性:環境保全のための複雑系理論入門」
書評 松田裕之(横浜国立大学教授・環境生態学)
人間の産業活動によって,地球上の全生命が滅亡するというのは大げさである。しかし、本書を読めば、人類は生態系を後戻りできない別の生態系に変えてしまい、その結果、自らの生活を危うくしていることがわかる。
ガイア仮説はしばしば生物が生態系全体の機能を高めるように進化したと誤解される。本書では,生物はそのようには進化しないと、繰返し強調している。そのかわりに、生態系は「複雑適応系」であり、多様な主体がそれぞれの存続に資する生き方を工夫しあい、結果として全体としての機能が維持されると説く。
本書は生態学の古典と最新理論を盛りだくさんに紹介しながら、環境保全を指南する。そして、最後は旧約聖書の十戒になぞらえて次のような八戒で終わる。一、不確実性を減らせ。二、不意の事態に備えよ。三、不均一性を維持せよ。四、モジュール構造を保て。五、冗長性を確保せよ。六、フィードバックを強化せよ。七、信頼関係を築け。そして八、あなたが望むことを人にも施せ。北海道で進めているエゾシカ保護管理計画は、このうち一、二、五、六を明記していた。
本書は、これらの戒めのうち、最後の二つを除いて、数理モデルに基づいた生態学的根拠を詳しく具体的に紹介している。生態系にはわからないことが多い。その不確実性とうまくつきあう術は、実は進化する生物自身がもっている。最も説教臭い最後の二つも、根拠のない付け足しではない。それらは、アクセルロッドの『複雑系組織論』(ダイヤモンド社)が解き明かしている。後者は環境問題を論じた本ではないが、十人十色の価値観を持つ人類社会をうまく機能させる手引き書である。本書にも、生物を例に相互利他性の理論などが紹介されている。環境は一人では守ることができない。社会全体の合意と意欲が必要だ。環境を守る処方箋を探るために、ぜひ、この二冊をともに読むことを薦める。