書評 中西準子「環境リスク学−不安の海の羅針盤」

エコノミスト10月19日号52頁  掲載原稿

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中西準子著 環境リスク学−不安の海の羅針盤 日本評論社 20049月刊 251 ページ

 本書の5章は著者がホームページに載せた意見,3章は一九九八年に雑誌「新潮45」に掲載された「環境ホルモン空騒ぎ」の再録,4章は中央公論二〇〇四年七月号に書いたBSE牛の全頭検査批判の再録である.二編とも当時の世論に抗した有名な論文だ.
 1章は今年三月に横浜国立大学で行われた著者の最終講義原稿である.幼少時代から共産主義の思想闘争の無力さを感じ,ファクト(事実)にこだわる科学者になったこと,大学紛争の時代に教授と対立してまで研究者として公害運動にかかわったことなど,他の最終講義では及びも尽かぬ話の連続だ.この章だけでも,すべての人に読むことを薦める.
 著者は組織を背負わず,信じることを常に発言し続ける.そのため,反公害運動にかかわる人々からは「変節」と言われるらしい.
 環境問題というのは国家間の利害対立の道具という側面がある.欧米諸国が反捕鯨運動にこだわるのは環境負荷の図抜けて高い彼らの免罪符の側面がある.遺伝子組換え作物を巡る欧米の対立は,それぞれの農業の利害を反映している.国家の利害を分析さえしていない日本は,ただ右往左往するばかりである.
 4章で取り上げた全頭検査も,各国の畜産政策の利害を如実に反映している.著者は検査として有効でない,しかも極端に低いリスクを扱う全頭検査を批判し,結果的に米国を支持している.けれども,米国は日本でBSEが出た二〇〇三年には費用を負担して全頭検査を続ける日本に輸出していたのであり,著者も指摘しているように,いまさら米国が日本を非科学的というのは筋が通らない.
 どのような安全対策を採るかは輸入国側の判断であり,国産牛を全頭検査している状態のまま,輸入牛だけしないという見解は公正ではない.はたして,日本は輸入再開前に全頭検査の見直しを検討している.
 二〇〇三年以降,米国でもBSEが出ることは予見できただろう.牛丼産業などがその後も米国産のみに頼り続けたのは,経営リスク管理としては失敗である.つまり,米国産牛肉のリスク対策の是非にかかわらず,BSEが出れば経営危機が訪れることは予測できたはずである.
 著者に外交関係を考えて主張を選べと意見しても,上記の人生経験から応じないだろう.それは,受け手の社会の側が判断すればよいことかもしれない.