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予防原則(precautionary principle)は1992年のリオデジャネイロ宣言第15原則などにおいて国際的に合意され,それと相前後してオゾン層破壊防止モントリオール議定書,生物多様性条約,気候変動枠組み条約,ウィングスプレッド声明などのさまざまな分野の国際条約や合意文書に採用されている.予防原則は古典的な科学の基本姿勢とは異なり,「環境に対して深刻あるいは不可逆的な影響を与える恐れのある問題については,科学的証拠が不十分でも」対策を立てることとされており,実証される前に科学者が社会に対してどの程度の科学的根拠で何をどのように提言していくかという,新たな課題を突きつけられている.さらに,予防原則自身多義的で,明確な定義がなされていない.そのため,その適用基準は曖昧で,さまざまな分野の環境問題に対して,個々の科学者の対応が不統一である.これは,化学物質に対する規制,温室効果ガス排出基準,オゾン層破壊物質規制,低周波電磁界発生の規制,絶滅危惧種選定に関わる基準,内分泌撹乱物質の使用規制、BSE発生防止など,地球温暖化,人の健康および環境・野生生物への影響に関わるさまざまな分野の研究者に共通した問題である.公衆衛生学や絶滅危惧種など,個別の事例における国際的な意見交換は進んでいるが,予防原則の適用基準を巡る学際的な意見交換は国際的にもほとんどおこなわれていない.
本計画では,環境問題のさまざまな分野における第一線の研究者を一同に会し,予防原則の適用基準とその科学的問題点について意見交換を行うことを第一の目的とする.また,環境団体や非政府組織の協力を得て,市民に分かりやすく問題提起する形での公開シンポジウムを企画し,予防原則を単に「不確実性に対処した科学的実証を待たない措置」あるいは「すべての立証責任を国家や企業の側に置くこと」という次元ではなく,さまざまな分野における予防原則の事例を市民にわかりやすく紹介することを第二の目的とする.
EU(欧州連合)の予防原則適用のガイドライン(2000)にも記されているように,国際的な委員会あるいは専門家の間では,予防原則はリスク管理と密接不可分の関係にあると認識されている.ところが,この認識は内外で十分定着しているとはいえない.予防原則の機械的な適用は,あらゆるリスクの排除という原理主義的対応や,環境保全の負担の「不均衡」な分配を通じた南北格差の固定化や拡大,文化の多様性に対する配慮の欠如など,倫理的文化的外交的な側面で,さまざまな問題を引き起こしている可能性がある.予防原則をどのように定義し合理的な適用基準を設けるかは,@科学史上も重要な転機となる課題であり,A先進国の価値観の一方的な押し付けでない環境負荷低減と持続的利用の両立を図るためにも日本が主導すべき課題である.さまざまな事例を通じて科学的で合理的な適用基準を得るには,自然科学だけでなく,人文・社会科学の視点を含めた学際研究領域の新設が必要であり,本企画はその準備を担うものである.
氏 名 | 所属研究機関・部局・職(変更あり) | 現在の専門 | 学 位 | 役割分担 |
松田裕之 | 横浜国大・環境情報・教授 | 環境生態学 | 理学博士 | 研究とりまとめ・漁業管理における事例研究 |
益永茂樹 | 横浜国立大学・大学院環境情報研究院・教授 | 環境化学 | 工学博士 | 環境汚染物質における事例研究 |
中井里史 | 横浜国立大学・大学院環境情報研究院・助教授 | 環境疫学 | 保健学博士 | 環境疫学における事例研究 |
東海明宏 | (独)産業技術総合研究所 チーム長 | リスク評価・管理学 | 工学博士 | 環境リスク管理における事例研究 |
鷲谷いづみ | 東京大学・大学院農学生命科学・教授 | 保全生態学 | 理学博士 | 生物多様性国家戦略における事例研究 |
鬼頭秀一 | 恵泉女学園大学・教授 | 環境倫理学 | 理学修士薬学修士 | 環境倫理における事例研究 |
宮崎信之 | 東京大学・海洋研究所・教授 | 海洋哺乳類学 | 農学博士 | 内分泌撹乱物質における事例研究 |
米本昌平 | 科学技術文明研究所・所長 | 生命倫理学 | 理学博士 | 政策科学における事例研究 |
住明正 | 東京大学・気候システム研究センター・教授 | 気象学 | 理学博士 | 地球温暖化問題における事例研究 |
原科幸彦 | 東京工業大学・総合理工学研究科・教授 | 環境計画、住民参加 | 工学博士 | 環境計画における事例研究 |
柳川尭 | 九州大学・大学院数理学研究科・教授 | 環境統計学 | 理学博士 | 予防医学における事例研究 |
岡敏弘 | 福井県立大学・経済学部・教授 | 環境経済学 | 経済学博士 | 環境経済学での事例研究 |
佐藤哲 | 東京工業大学 | 保全生物学 | 理学博士 | 環境保護運動での事例研究 |
小池裕子 | 九州大学・大学院比較社会文化・教授 | 保全遺伝学 | 理学博士 | 保全遺伝学における事例研究 |
石井信夫 | 東京女子大学・文理学部・教授 | 野生生物管理 | 農学博士 | 野生生物管理における事例研究 |
交告尚史 | 東京大学・大学院法学政治学研究科・教授 | 環境法 | 法学博士 | 北欧などの環境法における事例研究 |
飯野靖夫 | 日本鯨類研究所・次長 | 国際法・国際漁業法 | 法学修士 | 国際法における事例研究 |
(申請者 北海道大学水産学部 松石隆助教授)
予防原則の適用基準とその科学的根拠に関する学際的考証
開催場所 東京大学海洋研究所
開催時期 2004年11月4日 プログラム・講演要旨集
概要 予防原則(precautionary principle)は1992年のリオデジャネイロ宣言第15原則などにおいて国際的に合意され,それと相前後してオゾン層破壊防止モントリオール議定書,生物多様性条約,気候変動枠組み条約,ウィングスプレッド声明などのさまざまな分野の国際条約や合意文書に採用されている.予防原則は古典的な科学の基本姿勢とは異なり,「環境に対して深刻あるいは不可逆的な影響を与える恐れのある問題については,科学的証拠が不十分でも」対策を立てることとされており,実証される前に科学者が社会に対してどの程度の科学的根拠で何をどのように提言していくかという,新たな課題を突きつけられている.さらに,予防原則自身多義的で,明確な定義がなされていない.そのため,その適用基準は曖昧で,さまざまな分野の環境問題に対して,個々の科学者の対応が不統一である.これは,化学物質に対する規制,温室効果ガス排出基準,オゾン層破壊物質規制,低周波電磁界発生の規制,絶滅危惧種選定に関わる基準,内分泌撹乱物質の使用規制、BSE発生防止など,地球温暖化,人の健康および環境・野生生物への影響に関わるさまざまな分野の研究者に共通した問題である.公衆衛生学や絶滅危惧種など,個別の事例における国際的な意見交換は進んでいるが,予防原則の適用基準を巡る学際的な意見交換は国際的にもほとんどおこなわれていない.
晴海グランドホテルhttp://www.maxpart.co.jp/harumi/body/access/info.html
都営地下鉄大江戸線 勝どき駅 徒歩5分
プログラム(予定)
10:00 松田裕之 趣旨説明、配布資料説明など
10:10 松田裕之 東大海洋研・予防原則シンポの紹介
10:40 松田裕之 予防原則の分類案について(増沢氏の提案)
11:00 討論 適用された予防原則の不確実性の程度について
11:20 討論 適用された予防原則における影響の深刻さについて
11:40 討論 費用対効果との関係について
12:00 昼食休憩
13:00 討論 対策の強制力・侵害性の程度について
13:20 討論 リスク管理との関係について
13:40 討論 外交・環境政策との関係について
14:00 松田裕之 ヒグマ保護管理計画について
14:20 石井潤 演題未定
14:40 休憩
15:00 中井里史 SARSと予防原則
15:20 松田裕之 漁業管理と予防原則(平松氏の紹介を含む)
15:40 飯野靖夫 国際法と予防原則
16:00 大竹千代子 環境省の予防原則の取り組みについて(仮題)
16:20 益永茂樹 遺伝子組み換え食品と予防原則(仮題)
16:40 宮崎信之 海洋汚染と予防原則(仮題)
17:00 BSEと予防原則(検討中)
配布予定資料
1 質問票回答結果
2 2004.11.4 東大海洋研予防原則シンポ 講演録のうち「松田裕之」「総合討論」
3 米本昌平 毎日新聞2005.1.23記事
4 日本生態学会生態系管理専門委員会指針案(予防原則・順応的管理の部分)
5 横浜国大21世紀COE「生物・生態環境リスクマネジメント拠点」理念WG報告書案
関連情報
化学物質と予防原則の会・大竹千代子博士
2003.9.26 化学物質と予防原則の会 (CITES掲載基準における予防原則を巡る各国意見)
2003.6.19 生態リスクと予防原則 (予防リスク医学会電子シンポジウム招待講演 音声つきスライド 音声のみ)
平成16年度科学研究費補助金研究成果報告書概要
1. 研究機関番号 12701 2. 研究機関名 横浜国立大学
3. 研究種目等の名称 基盤研究(C)(2) 4. 研究期間 平 成15年 度 〜 平 成16年 度
5. 課題番号 16631004
6. 研究課題名 予防原則の定義と科学的基礎に関する学際研究
7. 研究代表者
松田裕之 環境情報研究院 教授
8. 研究分担者(所属機関名は、研究代表者の所属機関と異なる場合に記入すること)
上記のとおり
9. 研究成果の概要(当該研究期間のまとめ,600字〜800字,図,グラフ等は記載しないこと)
予防原則は1992年のリオ宣言第15原則などにおいて国際的に合意され,さまざまな分野の国際条約や合意文書に採用されている.しかし、予防原則自身多義的で,明確な定義がなされていない.そのため,化学物質に対する規制,温室効果ガス排出基準,オゾン層破壊物質規制,低周波電磁界発生の規制,絶滅危惧種選定に関わる基準,内分泌撹乱物質の使用規制、BSE発生防止など,地球温暖化,人の健康および環境・野生生物への影響に関わるさまざまな分野で、予防原則がどのように適用されているかを分担者の間で資料を持ち寄り、討議を重ね、集約した。また、「予防原則の適用基準とその科学的根拠に関する学際的考証」を東京大学海洋研究所と共催し、市民を含めた議論を行った。
その結果、リスクの大きさ(第二種過誤)、影響の重篤さ(ハザード)、影響の及ぶ範囲(地球規模、地域規模、局所的)、不可逆性、因果関係の立証と確からしさ(第一種過誤)、将来の立証性、費用対効果、規制の実現可能性、対策の強制力・自由の侵害性、規制の主体(政府か協議機関かなど)、挙証責任(汚染者側か被害者側か)などを多角的に分析した結果、強制力を伴う対策が可能な場合には予防原則は過剰に適用されるが、協議に基づく場合には費用対効果が重視され、将来の立証性や第一種過誤などが意思決定の際に重視される傾向が見出された。
将来の立証性はもとより、確からしさ(第一種過誤)を適用基準に明確に組み入れたものは少ない。また、規制の主体が予防原則にどう関わるかの基準も明確ではない。いずれにしても、順応的管理(adaptive management,未実証の前提を下に、継続監視を続けながら方策を柔軟に変え、前提自身を検証していくる管理)とリスク管理の理念を取り入れた予防原則の適用基準を構築することの重要性が指摘された。このアイデアは、代表者などが関与する日本生態学会生態系管理専門委員会の「自然再生事業指針(案)」に取り込まれた。
10. キーワード
(1) 第一種の過誤 (2) リオ宣言 (3) 予防的取り組み
(4) 国際捕鯨委員会 (5) 化学物質 (6) 持続可能性
(7) 環境正義 (8)
予備成果
Matsuda H (2003) Challenges posed by the precautionary principle and accountability in ecological risk assessment. Environmetrics 14: 245-254.
Matsuda H (2004) The importance of the type II error and falsifiability. International Journal of Occupational Medicine and Environmental Health, 2004; 17: 137-145.
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