日本数理生物学会第15回大会 2005年9月17日
生物多様性条約以降、生物多様性保全は社会的な合意事項となった。しかし、その科学的根拠や保全の実行手段については、科学者の間でも議論が分かれている。我が横浜国大では1996年から中西準子氏を代表者として戦略基礎研究「環境影響と効用の比較評価に基づいた化学物質の管理原則」において環境リスク研究に取組み、巌佐庸氏、田中嘉成氏なども参画して数理生物学の立場から環境リスクの研究に取り組んできた。また、生態リスクについては2002年から浦野紘平氏をリーダーとして21世紀COE「生物・生態環境リスクマネジメント」に取り組んでいる。本講演では、この10年間の取組みの成果を踏まえ、過去の研究事例と環境政策への適用事例を紹介しつつ、生態リスクの評価とマネジメントにおける数理モデルの有効性と問題点を議論する。
環境政策において不確実性を考慮すべきこと、リスクを問うべきことは古くから知られている。数理モデルにおいても、不確実性を取り込み、将来を確率的に予測することは、環境政策において「避けるべき事態」が生じる可能性を考慮したリスクマネジメントにおいて不可欠な技法となった。特に、未実証の前提に基づいてモデルを立て、事業を実施しながら監視を続け、状態変化に応じて政策を変え、同時に前提を検証していくと言う順応的管理(adaptive management)の考え方は、この10年間で日本の環境政策として定着しつつある。
さまざまな環境政策に関与する中で痛感するのは、マネジメントの目的は科学的に導出されるものではなく、社会合意によると言う点である。同時に、科学者が関与しないと、非現実的な目標が掲げられることが多々ある。したがって、科学者と利害関係者との密接な連携が必要である。我々21世紀COEではこれを「生態リスクマネジメント手続きの基本形」としてまとめた。この基本形が意図する科学者と社会の関係について簡単に紹介する。
環境政策を立案し、合意し、実施するうえで、数理モデルによる解析は、時宜を得れば、行政や利害関係者を説得する上で極めて大きな力を持つ。その影響力は過剰とさえ言える。本シンポジウムで各講演者が紹介する個体群存続可能性分析、容量反応曲線、Operating Model、実物オプション分析(動的計画法)などの手法のほかにも、環境省の絶滅危惧植物(レッドリスト)で用いた時系列解析とエゾシカ保護管理計画で用いたTuljapurkar型の変動行列モデルについて紹介し、その有効性と問題点を議論する。
環境省の植物レッドリストは、国際自然保護連合のレッドリスト判定基準に準拠しつつも、個体数と減少率が推測できるものについてはその両者を考慮して判定していること、世代時間でなく物理的時間で絶滅の逼迫性を評価していることが特徴である。そのため、明らかに絶滅の恐れのないものを掲載する(第1種の過誤)を減らすと同時に、絶滅の恐れのあるものを見逃す第2種の過誤も減らすことができたと期待している。エゾシカ保護管理は、個体数の不確実性を考慮し、相対指数で管理計画を立てると同時に、その後の捕獲と継続監視により個体数の見直しを行うことができた。