生物・生態環境リスクマネジメント
松田裕之(横浜国立大学大学院 環境情報研究院 教授)
 横浜国立大学では、2002年度から5年間の予定で文部科学省の21世紀COE「生物・生態環境リスクマネジメント」プログラムを実施している。その成果の一つとして、我々は生態リスクマネジメントの基本手順(下図)ならびにその適用事例の分析を行ってきた(Rossberg et al. 2005; 松田ほか2005)。本講演では、そのうち北海道が1998年から取り組んでいる道東地区エゾシカ保護管理計画について紹介する。
 生態リスクマネジメントにおいて重要なことは、以下の諸点であると考えられる。@管理目的を科学者のみが決めるのではなく社会の合意を得ること、A管理の必要性ならびに抽象的な目的について社会的な合意を得た後に、それを具現する検証可能で実現可能な目標を立てること、B用いた前提に未検証のものがあればそれを明らかにすると同時に不確実性の範囲を明示すること、C管理を実施した後にも継続監視し目標の達成度を評価するとともに管理に用いた前提を検証すること。
 エゾシカの保護管理では,増えすぎたシカを適正水準に誘導し,シカによる農林業の被害対策を講じることで合意している.個体数と自然増加率の不確実性と年変動を考慮し,捕獲圧を最新の調査結果に基づいて調節し,設定した数値目標を達成できないリスクの評価と管理を行う.管理計画の策定と見直しの際だけでなく,捕獲圧の調節などのため毎年,地域の利害関係者と合意形成を計ることになっている.すなわち,この場合のリスク管理手順は,おおむね下図に沿って行われており,1998年から北海道東部で実施した。
 同時に、生息個体数を検証した。当初北海道は東部のエゾシカを12万頭と推定していたが、毎年2万頭以上の牡鹿を獲り続けても減らないことから、過少推定と考えられた。もしも30万頭以上ならば減らすことができないが、1年でも早く緊急減少措置を開始すべきであると説明した。実際には緊急減少措置により個体数が減少に転じたことが、目視調査などにより明らかとなった。そのため、管理の前提となる推定生息数を約20万頭に修正した。