東京工業大学講義 2005年度 総合科目C

「価値と意思決定のフロンティア」

「環境・生態リスク評価と意思決定」

優秀レポート 情報環境学専攻 西田 博志 メカノマイクロ工学専攻 小木曽 太郎 価値システム専攻 富田茂

11月10日(木) 17日(木)
松田 裕之講師(横浜国立大学 環境情報研究院)
レポート課題 
環境行政(例:自然再生事業、さまざまな開発事業の環境影響評価)の合意形成には(自然)科学者が科学委員会(有識者検討会など)に招聘されて意見を述べることがある。その際の関わり方として、いくつかの考え方がある。
(1) 科学者も1市民であり、利害関係者である
(2) 科学者は利害関係者として意見を述べるべきではない。
(2a) 個人見解ではなく、個人の学説でもなく、専門家としてその学界での定説を紹介すべきである
(2b) 市民としての見解を述べる役割ではないが、論争中の見解については、個人の学説を述べてもかまわない。
(2c) 価値観を披露する役割ではなく、自然科学的見解に限って意見を言うべきである

これらの長所と短所、想定される問題点などを考え、自由に議論せよ。その際に、一つ以上の具体的事例(愛知万博、知床世界遺産、オオカミ再導入計画など)を各自調べ、その事例に基づいて議論せよ。

参考資料
・ 日本生態学会生態系管理専門委員会 自然再生事業指針
http://millenniumassessment.org日本語版
サステナビリティの科学的基礎に関する調査(2005)
・ WWFジャパン「生きている地球レポート2004


2005年度 総合科目C「価値と意思決定のフロンティア」社会数理講座レポート
松田 裕之講師「環境・生態リスク評価と意思決定」
情報環境学専攻 西田 博志

・ 環境行政の合意形成の際の科学者の関わり方について
環境行政の合意形成の際の科学者の関わり方にはいくつかの考え方がある。これらについて述べる際に、例として愛知万博の事例を挙げて議論していきたい。
まず、愛知万博では環境に配慮したエキスポとして、地球環境問題に対応し、会場整備と会場運営の全ての分野で、3Rシステム(リデュース、リユース、リサイクル)の徹底やゼロエミッションを目指した取組みを実践する外、21世紀に求められる新しいエネルギーシステムやCO2削減などの最先端の環境技術の導入に挑戦し、環境負荷の低い循環型社会のモデルを提示するとしている。
そこで問題になったのが会場整備である。会場の計画地域には海上の森と呼ばれるもりがあり、環境に配慮したエキスポという柱を立てたために自然のバランスを崩すわけにはいかない。またオオタカなどの生態系への影響も懸念された。
愛知万博では環境影響評価アドバイザー会議をいう委員会を設け、環境への影響を日本国際博覧会協会と再三協議を行った。議事録を見てみると、科学者は利害関係者ではない立場で意見を述べている。
もし、科学者も利害関係者として意見を述べたらどうだろうか考えてみる。利害関係者として意見を述べると、一市民として一般市民の代表的意見を協会のほうに訴えることができるだろう。また、客観的ではなく例えば生活圏の森を守りたいがために主観的な立場におかれることで、利害関係者としての意見をよりいっそう説得力のあるものにできるなどの長所が考えられる。しかし、利害関係者として客観的な見方をなくしてしまうと、総合的にまたは一般的に、万博の開催のほうが利得が大きいと考えられる場合に、その合理性や整合性を無視した偏った意見を述べるようになってしまう。
次に、科学者が利害関係者として意見を述べない場合を考えてみる。ここでさらに科学者が市民としてではないが、個人の学説を述べた場合を考える。この場合はあまり長所がなく、個人的な価値観を意見とすると、それが必ずしも正しくない可能性が大きいことや、他の科学者との意見の相違が大きくなる可能性から、議論が円滑に進まないばかりでなく、環境行政の議論の場が科学者同士の学説の議論の場になってしまいかねない。万博の場合では、オオタカの生態について個人的な意見によって、万博の閉会後に大きくその生態系を乱してしまうといった恐れが考えられる。ただ、議論がより活発になり、全く新しい意見が生まれ、その結果すばらしい合意が得られる可能性も秘めているだろう。しかし、この可能性は各種学会などでも議論されているであろうことから極めて低い。
以上述べてきたことをまとめると、科学者は個人的な価値観に基づく主張ではなく、議題の整合性や実現可能かどうかを吟味し、協会と利害関係者の合意形成を支援する立場で意見を述べるべきと考えられる。実際の万博の例では、個人的な意見が皆無とは言えないが、ほぼ自然科学的な見解でアドバイザー会議が進められている。
そしてまた、愛知万博では日本自然保護協会や日本野鳥の会、海上の森・万博問題小委員会など様々な組織が日本国際博覧会協会の外から監視するというような役割を果たしており、これらの組織は万博開催に反対という多少偏った意見が述べられていた。ただ、これらの組織も外部から監視するという意味で非常に重要なものであり、必ずしも科学者は価値観をゼロにして見解を述べるべきとはいえないとも考えられる。

参考
1.愛・地球博公式ウェブサイト http://www.expo2005.or.jp/jp/
2.日本自然保護協会 http://www.nacsj.or.jp/index.html