松井三郎京大教授による中西準子さんへの名誉毀損裁判について

松田裕之 2005年5月6日 更新

 松井三郎京大教授が、私の横国大の前任者である中西準子産総研センター長を名誉毀損で訴えるという事件が起きました。さらに、その訴状がウェブサイトで1ヶ月以上も掲載され、その中に中西さんの自宅住所が掲載されていました。さまざまな嫌がらせを受けながら主張を続ける中西さんにとってはたいへんな痛手だと思います。
 5月3日に私が掲載先に抗議した後、このサイトは削除されましたが、Googleなどの検索サイトでは依然として自宅住所が表示され続けます。これはほかの個人情報などでも同じことのようです。
 このような議論が学界の場でなく、司法の場に持ち込まれ、裁判中のために中西さんと松井さんの主張自身の科学的論争が学会の場で行われないという事態が起きていることは、たいへん残念なことだと思います。私なりに状況を理解し、意見をまとめましたので、以下に説明します。
 せめて私の関係者の間では、友好的で学問的な論争ができればよいと願っています。

裁判の経緯について

 訴えたのは京大の松井三郎さん、原告代理弁護人は中下裕子さん、神山美智子さん、長沢美智子さん、中村晶子さんである。中西さんがHPを取り下げたということなので、何が書かれていたかは知らないが,本来なら松井さんと中西さんが直接話し合い、謝罪すべき点があれば本人に直接謝罪するとともにHP上で説明すればすむ問題だと思う。
 化学物質問題市民研究会掲示板にある中下さんのプレスリリースを見ると、
-慰謝料および弁護士費用として金330万円の支払い
-「中西準子のホームページ」への謝罪文の掲載
-日本内分泌攪乱化学物質学会発行のニュースレター「EndocrineDisrupter NEWS LETTER」に謝罪広告の掲載 を求めている。
 ことの経緯は環境省主催の「第7回内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」(平成16年12月15日〜17日、名古屋市で開催)において松井さんが発言した内容について、座長をしていた中西さんのHP雑感2004.12.24付けで、松井氏が、@「環境ホルモン問題は終わった、次はナノ粒子問題だ」というような発言をした。A新聞記事のスライドを見せたが、原論文も読まずに記事をそのまま紹介した旨の記述をしたことが名誉既存に当たるとしている。
 抗議を受けて、中西氏は2005年年1月20日にこの記事を削除した。しかし、松井氏に対する名誉回復措置は何ら講じられていないとして、3月16日付で提訴した。
 中西さんのサイトによると、2005年3月13日、松井さんに「あと1週間程度でお返事申しあげることができると思います」とmailを出したところ、15日に「提訴準備中」というお返事があり、ひどくびっくりした次第。そして、提訴は16日だったらしい。
 提訴にいたった理由として、中下弁護士は下記のようにHPで述べている。

  1. 批判そのものが悪いというのではない。【中略】本件のように、碌に他者の発言も聞かず、事実も確認せず、一方的に他者の名誉を毀損するような決めつけを行うことは、「科学者」の名に値しない行為である。ましてや、中西氏は単なる一科学者ではない。【中略】本件行為は、そのような立場にある者の言動として、看過できないものである。
  2. さらに、中西氏は、「環境ホルモン問題は終わった」と考えておられるようであるが、これは大変な間違いである。【中略】中西氏のように、国の科学技術のあり方を決定する立場の人が、そのような誤った認識を持ち、その結果、国が政策決定を誤ることになれば、国民の健康や生態系に取り返しのつかない事態も招来しかねない。【中略】松井氏は、研究者として、国民の一人として、中西氏のこのような誤りを断じて見過ごすことはできないものと考え、貴重な研究時間を割いて、敢えて本件提訴に踏み切ったのである。

これは裁判に訴えるべきものだろうか。

 中西さんはすでに問題の雑感を取り下げ、そのことを読者に謝罪している。また、本人にも謝罪すべき点については、その時点でもう一度謝罪すると明言している。本人同士でよく話し合わないうちに裁判に訴えたとすれば、少し性急過ぎるのではないか。謝罪文を載せてからだいぶたって提訴しているのだから、その間、もっと話し合えばよいと思う。上記訴状にもあるように、”碌に他者の発言も聞かず、事実も確認せず、一方的に他者の名誉を毀損するような決めつけを行う”ことは好ましくない。中西さんが謝罪の意思があり、話し合う用意があるという中で、なぜ話し合う前に提訴する必要があるのか。
 2番目の理由は、要するに中西氏の主張が気に食わないというものである。これは学会内部で議論すべきことであり、学者が裁判官の判断を仰ぐ問題ではない。「環境ホルモン問題は終わった」と中西さんがどこかで言ったのだろうか?、渡辺正・林俊郎著(日本評論社刊)「ダイオキシン」と藤森照信さんの書評を紹介する形で、「ダイオキシン騒動は終わった」とは明言している(雑感212-2003.3.17、雑感213-2003.3.25)。私は、中西氏のこの主張に同感だ。
 訴状によれば日本内分泌攪乱化学物質学会の雑誌に謝罪広告を出すことが求められているが,この学会はこの要求を事前に了承しているのだろうか。つまり、謝罪広告命令が出た場合は,掲載するとすでに決めているのか。訴状の理由の第2点目は学問的な論争であり,中西氏の主張が間違っているかどうかは裁判所でなく,学界が論争の上で判断すべきことである。仮に裁判所から謝罪広告命令が出た場合でも、学会が何を広告に出すかは学会自らが判断すべきことで、裁判所の言いなりになるべきではないと思う。

化学物質問題市民研究会 サイトによる自宅住所掲示問題

 化学物質問題市民研究会のサイトhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/keijiban/sojyou_○○○○○.pdfに、この裁判の訴状全文が掲載されていた。同研究会サイト管理人によれば、この訴状は3月17日にコスモス法律事務所のプレス・リリース「本件名誉毀損裁判について 」の添付書類として掲載したが、3月23日に掲示板から訴状は削除した。但し、削除が不十分でウェブサーバーにはpdfファイルが残っていて閲覧できる形になっており、そのファイルは5月3日に削除した。プレスリリース自体は現在も掲載している。この訴状には原告と被告の自宅住所、原告代理人弁護士の職場住所などが記されていた。
 5月3日は、私が同研究会サイト管理人に、自宅住所を含む訴状掲載を抗議した日である。
 5月2日に私がGOOGLEで検索したところ、「中西準子 ”○○市○○○”」で検索されたサイトは上記訴状だけだった。つまり、彼女の自宅は一般には知りにくい情報であったと思われる。実は、Google上には削除後も自宅住所が表示しつけられている。これを消すことは、事実上不可能である。中西さんも名誉毀損と訴えられたサイトは削除しているわけで,削除したから許されるものではないと言うのが訴状理由だった。
 同管理人は、5月5日付で、自宅住所を載せた件について、被告ならびに原告に謝罪文を郵送したという。私の抗議を受けてから後については、迅速な対応だったと評価する。
松田裕之

中西氏を許さないのならば、自宅住所掲載問題は許されることなのか

 誰でも、間違いはある。しかし、原告は、中西さんの間違いを許さず,裁判を起こした。化学物質問題市民研究会サイトはそれを広報する役割を果たしていた。中西さんの側に謝罪の意思があることは、彼女のサイトに「謝罪」と載っている事からも窺われる。それを許さないと言うのが、原告の態度であり、化学物質問題市民研究会のサイトは自宅住所を含む訴状とともにそれを広報していた。
 それに乗じて、彼女の学問的主張そのものを裁判官の手によって封じ込めようとしていたと、私は思う。第2の訴状理由は、そのように読める。
 この中西氏の自宅住所が掲載されたサイトは2005/3/17に掲載され、5/3に松田が抗議するまで、1ヶ月以上にわたり掲載されていたことになる。しかも、上記の化学物質問題市民研究会からの説明によれば、原告代理人弁護士である中下氏の掲示したプレスリリースの添付書類として6日間掲載されていたことになる。このプレスリリースの発信者は中下氏ということになっているが、掲示したのは管理人ということである。そのことについて、管理者が迷惑をかけた被告と原告に報告ならびに謝罪したのは、私が抗議した後の、5月5日付けの書簡ということになる。

原告とダイオキシン国民会議の関係について

 今回の訴状の原告代理弁護人はすべて「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」の幹部(中下裕子氏=事務局長、神山美智子氏=副代表、長沢美智子氏=常任幹事、中村晶子氏=事務局次長)である。このように、原告代理人が全員国民会議の幹部であり、中西さんの環境ホルモンに関する主張が誤っていることが訴状理由に挙げられているのだから,国民会議としてこの問題に無関係とはいえないだろう。 多くの内分泌撹乱物質学者が代表や幹部を務める国民会議の事務局長らが、このような不見識な提訴ならびに個人攻撃を続けることは,大変残念である。

アサヒネットの個人情報保護ガイドライン

 アサヒネットのガイドラインhttp://www.telesa.or.jp/guideline/pdf/provider_041006_2.pdfによると、下記のように、中西さんの自宅住所を記すのは,たとえ「公人」とみなされていても,明白にこのプロバイダの規定に違反している、一般私人であればプロバイダ自身の手で削除すべき場合に該当すると思われる。
2.個人の権利を侵害する情報の送信防止措置
(1) プライバシー侵害の観点からの対応
@ 氏名、連絡先等が掲載されたウェブページ等の取り扱い
ア)一般私人の場合 i)氏名及び勤務先・自宅の住所・電話番号が掲載されたウェブページ等について削除等の要請があったときは、当該情報を利用して私生活の平穏を害する嫌がらせが行われるおそれが高いため、プロバイダ等が削除可能な場合は原則として削除することができる。 緊急性が高いとはいえない場合(掲載された住所又は電話番号等が実際に存在しないもので、嫌がらせが現実に行われる可能性がない場合など)、発信者に削除要請を伝え、発信者による自主的削除を促すことも検討する。
イ)公人等について 公人等11については、氏名、勤務先等の連絡場所の住所・電話番号など広く知られているものについては、削除の必要性がない場合がある。ただし、緊急性が高い場合(嫌がらせ等が現実に発生している場合)、プロバイダ等において削除可能であれば、削除することもできる。 また、公人であっても、職務と関係のない連絡先情報で広く知られる必要性のない情報(自宅の住所及び電話番号)については、原則として一般私人の情報と同様に取扱うことが望ましい。なお、電話番号として記載されたものが誤っていて別人物の電話番号が記載されている場合は、削除要請があれば原則として削除する(プライバシー侵害ではなく迷惑行為として)。