引用方法 日本生態学会生態系管理専門委員会(2005)自然再生事業指針.保全生態学研究 10: 63-75
English Abstract PDF *用語集 第1次案への意見と回答 (*は作成中)
2005年5月30日掲載、 更新 (別刷り大量頒布希望者など、問合せ先 松田裕之matsudaynu.ac.jp)

自然再生事業指針

日本生態学会生態系管理専門委員会
松田裕之1・矢原徹一2・竹門康弘3・波田善夫3・長谷川眞理子4・日鷹一雅5・ホーテス シュテファン6・角野康郎7・鎌田麿人8・神田房行9・加藤真10・國井秀伸11・向井宏12・村上興正13・中越信和14・中村太士15・中根周歩16・西廣(安島)美穂6・西廣淳6・佐藤利幸17・嶋田正和18・塩坂比奈子19・高村典子20・田村典子21・立川賢一22・椿宜高20・津田智23・鷲谷いづみ6

1横浜国立大学大学院環境情報研究院・2九州大学大学院理学研究院・3京都大学防災研究所・3岡山理科大学総合情報学部・4早稲田大学政治経済学部・5愛媛大学農学部附属農場・6東京大学大学院農学生命科学研究科・7神戸大学理学部・8徳島大学工学部・9北海道教育大学釧路校・10京都大学大学院人間・環境学研究科・11島根大学汽水域研究センター・12北海道大学北方生物圏フィールド科学センター・13同志社大学工学研究科・14広島大学総合科学部・15北海道大学大学院農学研究科・16広島大学大学院生物圏科学研究科・17信州大学理学部・18東京大学大学院総合文化研究科・19(株)地人書館編集部・20国立環境研究所・21森林総合研究所多摩森林科学園・22東京大学海洋研究所・23岐阜大学流域圏科学研究センター

要旨

【自然再生事業の対象】自然再生事業にあたっては、可能な限り、生態系を構成する以下のすべての要素を対象にすべきである。
1 生物種と生育、生息場所
2 群集構造と種間関係
3 生態系の機能
4 生態系の繋がり
5 人と自然との持続的なかかわり

【基本認識の明確化】自然再生事業を計画するにあたっては、具体的な事業に着手する前に、以下の項目についてよく検討し、基本認識を共有すべきである。
6 生物相と生態系の現状を科学的に把握し、事業の必要性を検討する 
7 放置したときの将来を予測し、事業の根拠を吟味する
8 時間的、空間的な広がりや風土を考慮して、保全、再生すべき生態系の姿を明らかにする 
9 自然の遷移をどの程度止めるべきかを検討する 

【自然再生事業を進めるうえでの原則】 自然再生事業を進めるうえでは、以下の諸原則を遵守すべきである。
10 地域の生物を保全する(地域性保全の原則) 
11 種の多様性を保全する(種多様性保全の原則) 
12 種の遺伝的変異性の保全に十分に配慮する(変異性保全の原則) 
13 自然の回復力を活かし、人為的改変は必要最小限にとどめる(回復力活用の原則) 
14 事業に関わる多分野の研究者が協働する(諸分野協働の原則) 
15 伝統的な技術や文化を尊重する(伝統尊重の原則) 
16 目標の実現可能性を重視する(実現可能性の原則)

【順応的管理の指針】 自然再生事業においては、不確実性に対処するため、以下の順応的管理などの手法を活用すべきである。
17 事業の透明性を確保し、第3者による評価を行う
18 不可逆的な影響に備えて予防原則を用いる 
19 将来成否が評価できる具体的な目標を定める 
20 将来予測の不確実性の程度を示す 
21 管理計画に用いた仮説をモニタリングで検証し、状態変化に応じて方策を変える 
22 用いた仮説の誤りが判明した場合、中止を含めて速やかに是正する 

【合意形成と連携の指針】 自然再生事業は、以下のような手続きと体制によって進めるべきである。
23 科学者が適切な役割を果たす 
24 自然再生事業を担う次世代を育てる
25 地域の多様な主体の間で相互に信頼関係を築き、合意をはかる 
26 より広範な環境を守る取り組みとの連携をはかる 


目次

第1章 本指針の目的と構成
1−1 本指針の背景と目的
1−2 本指針の構成
1−3 本指針の改訂
第2章 自然再生事業の背景、現状と自然再生の考え方
2−1 新生物多様性国家戦略と自然再生推進法成立の背景
2−2 自然再生推進法が対象とする行為
2−3 自然再生事業の現状と問題点
2−4 自然再生事業に対する基本認識
2−5 科学的命題と価値観にもとづく判断
第3章 自然再生事業の実施にあたって考慮すべき指針
3−1 自然再生事業の対象
3−2 基本認識の明確化
3−3 自然再生事業を進めるうえでの原則
3−4 順応的管理の指針
3−5 合意形成と連携の指針


第1 本指針の目的と構成

1−1 本指針の背景と目的
 自然再生推進法が、2003年(平成15年)1月1日より施行された。この法律は、「自然再生に関する施策を総合的に推進し、もって生物の多様性の確保を通じて自然と共生する社会の実現を図り、あわせて地球環境の保全に寄与することを目的」としている。この法律において、「自然再生」とは、「過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すことを目的として、関係行政機関、関係地方公共団体、地域住民、特定非営利活動法人、自然環境に関し専門的知識を有する者等の地域の多様な主体が参加して、河川、湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林その他の自然環境を保全し、再生し、若しくは創出し、又はその状態を維持管理すること」と定められている。この法律を受けて政府は、自然再生に関する施策を総合的に推進するための基本方針「自然再生基本方針」を2003年(平成15年)4月1日に決定した。自然再生推進法は、この自然再生基本方針の決定を受けて本格的に運用が開始された。その後、環境省、農林水産省、国土交通省及び関係行政機関からなる自然再生推進会議が設置され、全国各地で自然再生事業が推進されている。この法律は、国や地方公共団体の計画によるのではなく、地域の多様な主体の発意により自然再生事業を進めることができることを定めている。また、必ずしも自然再生推進法には基づかず、各省の個別法に基づいた「自然再生事業」も行われている。しかし、自然再生事業を進める上での理論的方法論的指針は十分に示されてはおらず、自然再生事業の現場ではさまざまな試行錯誤が重ねられている。自然再生事業が、新たな環境破壊となることを危惧する声も聞かれる。このような現状にかんがみ、生態学の立場から、自然再生事業において考慮すべき諸事項を検討し、指針をとりまとめた。なお、ここでは自然再生推進法に基づく事業を想定した指針を述べるが、その内容の多くは同様な目的を持つ他の事業にも役立つものと考えられる。

1−2 本指針の構成
 本指針ではまず、自然再生事業の背景、現状と「自然再生」とはどういう行為なのかについて解説する。この解説は、次のセクションから構成されている。
(1)新生物多様性国家戦略と自然再生推進法成立の背景
(2)自然再生推進法が対象とする行為
(3)自然再生事業の現状と問題点
(4)自然再生事業に対する基本認識
(5)科学的命題と価値観にもとづく判断
 次に、自然再生事業の実施にあたって考慮すべき指針を提示する。これらの指針は、次のセクションから構成されている。
(1)自然再生事業の対象
(2)基本認識の明確化
(3)自然再生事業を進めるうえでの原則
(4)順応的管理の指針
(5)合意形成と連携の指針
 これらの指針を理解するうえで、とくに重要な以下の問題について、付録に解説が記されている。
(1)私たちが失った生態系と生物多様性
(2)生態系の維持機構
(3)管理手続きの重要性

1-3 本指針の改訂
日本生態学会生態系管理専門委員会では、本指針に対する意見を広く募り、必要に応じて改訂を行なう。また、本指針の活用に役立てるために、用語解説などを公表する。2年後には、事例研究集を含む「自然再生ハンドブック」(仮題)をとりまとめる予定である。


第2 自然再生事業の背景、現状と自然再生の考え方

2−1 新生物多様性国家戦略と自然再生推進法成立の背景
 自然の再生あるいは復元が社会的に注目されてきた背景には、人為による生物多様性の急激な喪失がある。その結果、「生物多様性の減少と生態系の衰弱が進み、人間生存の基盤である有限な自然環境が損なわれてきた」という認識が広がった。もうこれ以上自然を破壊してはいけないという意見は、次第に支持を広げつつある。
 このような認識を背景として、1992年の地球サミット(国連地球環境会議)の際に生物多様性保全条約がつくられ、各国で生物多様性国家戦略が策定された。
 生物多様性条約は、生物多様性の保全、生物資源の持続的利用、および遺伝資源の利用によって得られる利益の公正で平等な分配を実現することを目的としている。これを受けて日本では、1995年に生物多様性国家戦略が、2002年に新・生物多様性国家戦略が策定された。新・生物多様性国家戦略によれば、@開発や非持続的な利用、A伝統的な農業の衰退や里山、里地、森林への手入れの縮小、撤退、B外来侵入種や人工化学物質による汚染が、生物多様性の危機をもたらしているとされている。このような危機に対し、新・生物多様性国家戦略は、施策の基本方向として、「保全の強化」「自然再生」「持続可能な利用」の3点を掲げている。自然再生推進法は、新・生物多様性国家戦略におけるこのような認識を背景として、立法化され、施行された。

2−2 自然再生推進法が対象とする行為
 自然再生推進法第2条では、「自然再生」を「過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すことを目的として、(中略)河川、湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林その他の自然環境を保全し、再生し、若しくは創出し、又はその状態を維持管理すること」と定義している。この法律にもとづいて制定された「自然再生基本方針」によれば、保全とは「良好な自然環境が現存している場所においてその状態を積極的に維持する行為」、再生とは「自然環境が損なわれた地域において損なわれた自然環境を取り戻そうとする行為」、創出とは「大都市など自然がほとんど失われた地域において大規模な緑の空間の造成などにより、その地域の自然生態系を取り戻す行為」、最後に維持管理とは「再生された自然状態を長期間にわたって維持するために必要な行為」と説明されている。
 このように、自然再生推進法が対象とする自然「再生」は、復元だけでなく、修復、創出、保全、維持管理を含む、広い概念である。本稿では、以下のように用語を用いる。すなわち、「復元」は過去に存在した生態系の構造、機能と同じ状態にまで戻す行為、「修復」は過去に存在した生態系と全く同じ状態にまでは復元はできないものの、特定の構造や機能を現在の状態よりも良い状態にまで戻す行為を指すこととする。また、「回復」は種、個体群または生態系が健全で機能する状態へと自律的に戻ることを指す。「復元」には、人為を加える「能動的復元」と、自然の回復力を活用する「受動的復元」がある。
 自然再生事業の目標は、人手のほとんど入っていない原生的生態系への復元だけではない。人間が持続的に生活できるような人と自然の関係を成り立たせる恵み豊かな機能を持ち、持続的に利用できる二次的自然の生態系を含んでいる。

2−3 自然再生事業の現状と問題点
 自然再生推進法および各省個別法にもとづく自然再生事業は、環境省、国土交通省、農林水産省などによって推進されている。このような自然再生事業は、自然再生推進法の理念の実現を意図して進められているが、前例がない事業であるだけに、試行錯誤の段階にある。これらの事業の現状と問題点を総括することは、今後の課題であるが、以下の点は、とくに顕著な問題として浮かび上がっている。
(1)自然再生事業の目的やその事業の必要性について、科学的な検討を経ないまま事業の実施が決定され、事業対象地の選定が行われていることが多い。
(2)自然再生事業は、何らかの形で自然環境の悪化が見られるものの、今なお良好な自然が残されている場所で実施されている場合が少なくない。このような場所での事業の実施に際しては、事前の環境評価が行なわれるべきであるが、「過去に損なわれた環境を復元する」という理念にとらわれて、現存する生物に対する現状把握がおろそかになっている傾向がある。
(3)自然再生事業の目標設定、影響評価、実施計画の立案にあたっては、生態学者をはじめとする多様な分野の専門家の参加が不可欠であるが、多くの場合、一部の分野の少数の専門家の参加にとどまっているのが現状である。
(4)自然再生推進法は、順応的管理を推奨しているにもかかわらず、従来型の硬直的な事業にとどまり、順応的管理に必要な柔軟な体制が整っていない場合が存在する。
本指針は、このような問題の解決に寄与することを意図して作成されたものである。

2−4 自然再生事業に対する基本認識
 自然再生推進法を巡っては、新たな環境破壊の呼び水になるという批判も少なくない。また、「再生」や「復元」という言葉に対して、一度失われた自然を元に戻すことができると考えること自体が、人間の奢りであるという批判がある。たしかに、一度失われた生物を復活させることはできない。しかし、その土地に自生する生物が残されていれば、生態系を以前に近い状態まで再生することは、可能である。
 人間が環境破壊を繰り返しても、野外の環境から生物が全くいなくなることはない。そして、何か生物がいる限り、新たな生態系が作られるだろう。しかし、健全性が損なわれた自然からは、人間が快適に暮らしていくために必要な恵みを持続的に得ることはできないだろう。自然の恵みには、自然資源などから得られる経済的恩恵のほか、経済価値に直接換算されていないさまざまな間接的な恩恵がある。逆に、生態系の健全さが維持されていれば、原生的な自然状態もしくは伝統的な産業が営まれていた状態と同じように、自然の恵みを持続的に得られると期待できるだろう。後述のように、生態系自体はある程度の回復力をもっている。このような生態系の回復力を活用し、持続的に自然の恵みを得続けることができるような生態系の再生を行うことは、可能である。
 一方で、地球上に60億人の人間が存在し、人間が生態系にさまざまな影響を与え続けている以上、ただ放置し、自然の回復力に頼るだけでは、失われた自然を再生できない場合があることも事実である。たとえば、居住地や農地に改変された湿地、居住地や道路によって分断された森林、直線化され、ダムによって分断された河川環境などは、人為をくわえない限り健全な状態には回復しない場合が多い。人間によって改変された環境は放置すればさらに好ましくない状態に陥ることもある。このように、放置するだけでは望ましい状態への再生が実現できない場合には、今まで生態系に影響を与えていた人為を取り除くか、何らかの形の人為を加えることが必要であり、自然再生事業がそれを担うことがあるだろう。たとえば、米国では一部のダムの撤去が始まっている。このような人為によって、生態系の回復力が有効にはたらく状態を作り出し、生態系の自律的回復を促進することは、可能である。
 生態系の回復力と人為の関係は、図1のような模式図にあらわすことができる。生態系には複数の定常状態があり、それぞれの定常状態にある生態系は、ある程度状態が変化しても自律的に回復する。しかし、人為などによる外的影響が生態系の回復力を上回ると別の状態に移り、自然自体の回復力だけでは元に戻らない状態に至る。この模式図に示された考え方がどこまで一般的かは今後生態学的に検討する余地があるが、人為的影響が大きすぎれば生態系の状態が大きく変わり、以前のような持続的な自然の恵みが得られなくなると考えられている。
 生態系がどのような定常状態に回復するかは、生態系を構成する種によって異なる。生態系を以前に近い状態に再生するためには、原則として、その土地本来の生物種による回復をはかるべきである。1920年頃の事業によって作られた明治神宮の森は、自然再生の成功例として紹介されることがしばしばある。しかし、全国各地から365種の献木を集めて作られた生態系は、その土地本来の状態とは異なっている。現在ではこのような他地域からの植物の移植は、自然再生事業としては避けるべきであると考えられている。


図 1 複数の安定点をもつ生態系の概念図。生態系はある範囲の中では安定性をもつが、それを超えた外力がかかると異なる状態に変化し、別の状態で安定する。

2−5 科学的命題と価値観にもとづく判断
 自然再生に関連する諸問題の中には、科学的(客観的)に真偽が検証できる命題と、ある価値観に基づく判断が混在していることに注意すべきである。生物多様性が急速に失われていると言う現象は客観的に証明できる命題である。一方、自然と人間の関係を持続可能な関係に維持すべきであるという判断は特定の価値観に基づいており、客観的命題ではない。このような、持続可能性を目指すという価値観を前提として、その目的を達成するための方途や理念を客観的に追究する科学が保全生態学である。
 保全生態学が前提とする価値観については、必ずしも社会全体の合意を得ているわけではない。人間がどのような形で持続可能に自然を利用していくかについては、科学的に唯一の解を決めることはできず、合意形成というプロセスを通じて初めて、社会的な解決をはかることができる。このような合意形成のプロセスにおいて、特定の価値観に基づく目的が現実的に達成できるかどうか、その目的がより上位の目的と整合性があるかどうか、その目的を達成するにはどのような行為が必要か、などの問題については、科学的に検証することが可能である。このような問題を科学的に検証し、関係者に判断材料を提供し、合意形成に資する客観的な情報提供を支援することが生態学の役割である。


第3 自然再生事業の実施にあたって考慮すべき指針

3−1 自然再生事業の対象
 自然再生事業にあたっては、可能な限り、生態系を構成する以下のすべての要素を対象にすべきである。これらのいずれかの再生を目的として実施される事業においても、他の要素の保全、復元、修復に十分な配慮をはらう必要がある。

1 生物種と生育、生息場所
 地域の人々が生態系から受ける持続可能な自然の恵みを取り戻すためには、その土地本来の生物多様性を復元することが必要である。そのためには、生態系の構成要素である生物種とその生育、生息を支える場の復元、修復、創出が必要である。そこには表土の保全も含まれる。絶滅危惧種や指標種の保存、保護のみでは生態系の再生が達成される保証はない。過去の生態系を構成していた生物種の組成と、これらの種を維持していた生育、生息場所の特徴を理解し、何がどう損なわれているかを科学的に解明することが重要である。しかし、これらについての十分な科学的解明を待っていては、対策が手遅れになるおそれがある。そのため、現段階での理解を示した上で、必要に応じて、後述の順応的管理の手法を用いるべきである。

2. 群集構造と種間関係
 種組成と生育、生息場所だけを復元しても、生態系は必ずしも以前のように機能しない。生物の種間相互作用に関する理解を踏まえ、広く生物群集を視野に入れた措置を検討すべきである。たとえば、絶滅危惧植物であるサクラソウが自律的に生育するためには、その有性生殖に必要な送粉昆虫であるトラマルハナバチも保全する必要がある。生態系はそれぞれの種と自然環境の複雑な相互作用によって成り立っているものであり、群集構造や種間関係を回復させる必要がある。ただし、群集構造はしばしば時間的空間的に変動するので、種間関係を固定的に捉えてはいけない。たとえば、撹乱の起きる生態系では、植物と動物の種構成や相互作用も時間的に変化するので、変動する系そのものを保全対象とする必要がある。また、侵略的外来種が見られる場合には、適切な除去、管理計画が必要である。目標とする生態系の状態を達成するためには、複数の外来種の同時駆除や、外来種の地位をしめ得る在来種の回復、導入措置などをともなう体系的な計画が必要な場合もある。

3. 生態系の機能
 生物種と生育、生息場所ならびに群集構造と種間関係の復元と回復を通じて、水循環、物質循環、エネルギーフローなどの生態系の機能を健全に維持することができる。その結果、生物資源の生産、水質の維持、酸素の供給など人間にとって有益な財やサービスの持続的利用が可能になる。これらの機能を有効に復元し回復させるためには、生態系にある程度の規模がなければならない。たとえば、河川、沿岸生態系の保全、復元を計るためには、集水域の森林や土地利用様式を含む流域単位での対策を講じる必要がある。また、陸域生態系の機能を回復させるためには、しばしば土壌や地下水の復元が必要とされる。健全な生態系の機能は、自然の過程で発揮されるものであり、多くの人工干潟のように半永久的な土木工事によってしか維持されないような機能の回復方法は、必ずしも適切な自然再生と言えない。

4. 生態系の繋がり  
 生態系は開放系であり、事業予定地周辺の生態系との間に、生物の移出入、水や栄養塩の交換などを通じて密接な関係をもっている。生物によっては、事業予定地を含む複数の生態系を利用している場合もある。このような周辺の生態系との繋がりが失われている場合には、その繋がりを復元する必要がある。ただし、もともと隔離されていた生態系(異なる山系や水域など)の場合には、過去にはなかった繋がりが生まれることによって、生態系の固有性が失われるおそれがある。また、過去にはかなった移出入経路が生まれた場合には、外来種などの望ましくない生物学的侵入が生じるおそれがある。生態系の繋がりを復元する場合には、このような事態を回避し、地域の生態系の固有性を維持できるように十分配慮すべきである。
 また、生物多様性には生態系の多様性も含まれており、様々なタイプの生態系が存在していることが重要である。さらに、これらの生態系間の移行帯(エコトーン)には、移行帯に特徴的な生物種を含む多様な生物群集が成立する。したがって、自然再生事業においては、移行帯に配慮した生態系の復元を計るべきである。

5. 人と自然との持続的なかかわり  
 生態系は地域ごとに人との関わりを含めた歴史の中で維持されてきた。いつの時代でも、人間は自然の恵みを享受して生きてきた。すなわち、自然は人間に不可欠なものであると同時に固有性と歴史性をもつことで、地域ごとに異なる自然と人間の関係である風土が作られてきた。
 自然再生とは、人間が生態系の構造や機能を左右しうる存在であるという自覚に基づき、後世の人間が持続的に生態系の恵み(財、生態系サービス、文化的、歴史的価値など)を受け続けるために、持続可能性の確保という目標に向けて積極的に生態系を管理する行為である。その方途を探る上では、指針9に示すように、かつて持続的に保たれてきた人と自然の関係から学ぶべきこともあるだろう。人と自然の関わりの再生という目標の中には、このように将来のモデルを失わないようにするという意義が含まれる。
 さらに、かりに将来、持続的かつ健全に機能する生態系の人為的創出が可能になったとしても、人と自然の繋がりが歴史的文化的なものであることを忘れるべきではない。持続的な生態系の恵みが享受できるような自然と人間の関係を構築することが必要である。

3−2 基本認識の明確化
 自然再生事業を計画するにあたっては、具体的な事業に着手する前に、以下の項目についてよく検討し、事業に関わる多様な主体の間で基本認識を共有すべきである。

6. 生物相と生態系の現状を科学的に把握し、事業の必要性を検討する  
 自然再生事業を実施するに当たっては、生物相と生態系の現状を科学的に把握し、自然再生事業計画がそれらに及ぼす影響を的確に予測、評価する必要がある。特に、何らかの理由で自然環境の悪化が見られるものの、今なお良好な自然が残されている場所で実施される場合には、事業計画が環境に及ぼす負の影響についての注意が必要である。具体的には、絶滅危惧種の有無、生物相と種の分布、植生の動態や維持機構、生態系への波及効果の大きい種の動態、侵略的外来種の状況、生態系の特性(食物連鎖、物質循環など)、ランドスケープの特性(植生、地質、地形のモザイク構造とその動態など)などに基づいて事業の必要性を検討する必要がある。このような検討の結果、残されている自然環境を損なうリスクが大きい場合には、事業を行うべきではない。

7. 放置したときの将来を予測し、事業の根拠を吟味する
 生態系は常に変化する動的なシステムであるため、放置しても自律的にその機能や構造などが回復することがある。一方で、たとえばダム建設や河川改修などによって水量や土砂の流れが変わっている場合や、外来種の侵入などによって在来種が衰退している場合などには、放置しても生態系の機能が回復しないこともある。自然再生事業を計画するにあたっては、まず、特別な対策をとらずに現状を放置した場合の将来予測を行ない、放置するだけでは、健全な生態系を維持することが難しいと判断された場合に限って、事業計画をたてるべきである。事業計画の立案にあたっては、どのような人為を加える(あるいはどのような人為的負荷を取り除く)ことにより、どのような生態系の要素、構造、機能が再生可能かを予測し、事業の根拠を明確にすることが必要である。

8. 時間的、空間的な広がりや風土を考慮して、保全、再生すべき生態系の姿を明らかにする
 再生事業の対象地の空間的な広がりと、過去から現在までの生態系の変遷について、既存資料を収集、整理する。すなわち、@生物多様性、A地誌、地理情報、B生態系を特徴づける物理、化学的環境要因、C地域の文化、社会、産業、D自然資源の利用に係わる技術について、現状とその歴史的変遷について明らかにすべきである。それらに基づいて、どの範囲(場所)で、いつの時代に、どのような理由で、何が失われたかをできる限り具体的に把握し、事業目標に反映させるべきである。特に二次的自然に関しては、地域固有の風土に刻まれた人と自然の関係の歴史と現状を把握したうえで、目指す目標を定めるべきである。  生物多様性の維持における環境の時間的、空間的変動性の役割についても十分に理解し、できる限り自然のダイナミズムを回復させることをめざすべきである。また、事業計画を立案するにあたっては、適切なモニタリングによって、事業の達成度を客観的に評価できるよう、再生すべき生態系の姿を具体的に記述すべきである。

9. 自然の遷移をどの程度止めるべきかを検討する 
 生態系は自律的な回復力によって、より安定な状態へと遷移する。生態系からの恵みを享受するうえで、このような遷移が望ましい場合と、望ましくない場合がある。地域固有の二次的自然(里山、里地)には、絶滅危惧種を含む多様な生物が見られ、文化的、歴史的にも高い価値が見出される場合が少なくない。このような二次的自然の再生にあたっては、人為によって遷移を止め、昔ながらの生態系の状態を維持することが求められる。
 しかしながら、日本中の二次林の遷移を人為によって止めることは、現実的ではないし、好ましくない。より原生的な森林への遷移が進むことによって、生物多様性が低くなることもあるが、原生的自然でなければ生活できない生物の生育、生息環境が回復する。また、治山、治水などの環境保全機能や炭素の貯蔵量が増大する。
 どのような状態が望ましいかについては、科学が一義的な答えを出せる問題ではない。生物多様性、環境保全機能、生物資源の利用、地域の伝統や文化の継承などを総合的に考え、どのような目標が望ましいかをよく検討し、自然再生事業に参加する多様な主体の間で、合意形成をはかることが必要である。


3−3 自然再生事業を進めるうえでの原則
 自然再生事業を進めるうえでは、以下の原則を遵守すべきである。

10. 地域の生物を保全する(地域性保全の原則) 
 生物種は様々な地域個体群から成り立っており、同種でも地域によって異なる遺伝組成と進化の歴史をもつため、保全すべき対象は、単なる「種」ではなく、地域固有の系統である。したがって自然再生事業で種の再導入を行う際には、種が同じであればどの地域のものを使ってもよいわけではなく、原則として、その土地に生活し、適応し、進化してきた、その土地固有の系統を用いるべきである。また、土砂などの移動などに伴う生物の非意図的導入によって、その土地固有の系統が失われないように配慮すべきである。  その土地固有の系統を認識する上では、遺伝的マーカーを用いた分析や生物の空間分布、生物の移動範囲、分散様式などの情報が有効である。

11. 種の多様性を保全する(種多様性保全の原則)
 生物多様性を保全するためには、特定の絶滅危惧種や指標種のみに注目することは、必ずしも適当ではない。自然再生事業においては、地域の生態系にいたすべての在来種個体群が、その地域から失われないようにすべきである。すなわち、その土地の歴史とともに進化してきた多様な種からなる生態系全体を保全すべきである。このためには、種の絶滅リスクに応じて、保全上の重要度を評価し、保全上有効な方策を考慮する必要がある。また、陸上においては、多様な種からなる土壌生態系の保全も重要である.

12. 種の遺伝的変異性の保全に十分に配慮する(変異性保全の原則) 
 特定の種を保護、増殖する場合には、個体群内の遺伝的変異を保つことに配慮する必要がある。そのためには、多くの生物では有性繁殖の条件を整えることが重要となる。なぜなら有性繁殖で維持される遺伝的多様性は、病気に対する抵抗性を維持するとともに、将来の環境変化などに応じた進化を可能にするからである。組織培養や少数の親から育てた種苗から再生された個体群は、遺伝的に均質で、土地固有の遺伝子のごく一部しか残しておらず、望ましいとはいえない。

13. 自然の回復力を活かし、人為的改変は必要最小限にとどめる(回復力活用の原則) 
 自然再生事業は、できるだけ自然が持つ回復力を活かすように計画を立てるべきである。生態系の維持機構に対する理解が足りないと、しばしば無用な手を加え、自然の回復力をますます失う結果になる。
 積極的に環境を大幅に改変する以前に、回復を阻害している要因を除去することで再生が図れないか、検討すべきである。また積極的な環境改変を行う場合でも、短期間で大規模な事業を行うよりも、長期にわたり、小規模な再生事業を継続する方が、好ましい結果を生む場合もある。生態系の回復を妨げている要因を科学的に見極め、適正な規模の事業を行うべきである。

14. 事業に関わる多分野の研究者が協働する(諸分野協働の原則) 
 生物多様性や生態系機能の劣化の原因は、さまざまな物理化学的な環境変化が単独で生じるものではなく、それらの複合作用であることが多い。そのため、生態学をはじめとする生物学の諸分野に加え、対象とする事業に応じて様々な分野の研究者の協力が必要である。

15. 伝統的な技術や文化を尊重する(伝統尊重の原則) 
 伝統的な自然資源管理の技術や文化には、短期的な便益には結びつかなくても、持続性の確保という点で価値の高いものがある。このような伝統的な技術や文化は、ひとたび消滅すれば復活させることは困難である。したがって、地域の自然だけでなく、その自然に関わる地域の技術や文化の特徴を科学的に吟味する必要がある。自然再生事業にあたってはこれらを尊重し、可能な限り活用することが重要である。但し、採用する伝統、文化が、現代社会に適合し、将来的にも有効で合理的なものかどうかについても検討する必要がある。
 自然だけでなく、人間社会も多様である。その多様性がさまざまな環境変化に対する人間社会の柔軟性をもたらし、結果的に社会の効率を高めているとも指摘されている。伝統文化を尊重することによって歴史を通じて保たれてきた人と自然の関係を維持することは、持続可能な社会の維持にも寄与するだろう。

16. 目標の実現可能性を重視する(実現可能性の原則)
 自然再生事業の目標を設定するにあたっては、どの程度の費用をかければ目標が達成できるかについて、費用対効果という観点から検討し、事業費に関する合意形成をはかる必要がある。この合意形成においては、自然科学から導かれる予測とさまざまな価値観との整合性についての吟味が必要である。このためには、基礎、応用分野の自然科学者、技術者のみならず人文、社会科学の諸分野の専門家の協力が必要である。これらすべての専門家が協力することによって、科学的な根拠に基づき、経済的に妥当であり、社会的に支持される、実現可能性の高い方法を採用することができる。
 伝統的な技術や制度を用いるよりも、新しい技術や制度の方が、短期的には費用対効果が高い場合がある。しかしながら、新しい技術や制度は、生態系に対する長期的影響が十分に評価されていない場合が少なくない。「費用対効果」は長期的、総合的に判断すべきものであり、限られた情報からの算出のみを根拠に判断すべきではない。かりに、新しい技術や制度を採用する場合には、生態系の持続可能性の視点からその効果を注意深く監視し、順応的に導入すべきである。


3−4 順応的管理の指針
 自然再生事業においては、不確実性に対処するため、以下の順応的管理などの手法を活用すべきである。

17. 事業の透明性を確保し、第3者による評価を行う
 自然再生事業では、目標の定め方に二重の任意性がある。第一に、生態系の維持機構が十分解明されていないためで、予測に不確実性がともなう。第二に、どのような生態系の状態が望ましいかを、一律に決めることはできない。その地域に住み、自然を利用する人々の価値観により、望ましい生態系の姿が異なるだろう。
 このような任意性があるため、自然再生事業の目標設定にあたっては、多くの人が納得できる理念を目的に掲げ、民主主義の手続きを通じて、合意形成をはかる必要がある。すなわち、モニタリング結果を原則として公表するなど透明性を高めることが必要である。さらに、管理自体が未検証の前提や仮説に基づいており、その検証実験という性格を持っていることから、科学者の客観的なデータを評価、保障するシステムとして、第3者による継続的な科学的評価が必要である。さらに、モニタリングを事業者が行うのではなく、第3者が行うことも推奨される。

18. 不可逆的な影響に備えて予防原則を用いる
 自然再生事業を計画するプロセスでは、次の二つの場面において、予防原則を用いるべきである。第一に、自然再生事業をせずに放置した場合の変化が不可逆であると判断されるならば、事業の有効性の科学的根拠が不十分であることを理由にその実施を遅らせてはならない。第二に、事業において検討されているある手法が、生態系に対して不可逆な影響を与えるおそれがある場合は、科学的根拠が不確かでもその手法の採用を避けるべきである。この両者は一見相反するように見えるかもしれないが、避けるべきものが不可逆的影響であるという点で一致している。予防措置を広く適用する必要はないが、不可逆的影響に対する予防原則は必要である。

19. 将来成否が評価できる具体的な目標を定める 
 このような合意形成にもとづく自然再生事業の計画書においては、事業の目的、場所、担い手、期限などを明記する必要がある。また、「失われた自然をとり戻す」といった抽象的な表現ではなく、その地域に固有な生態系の構成要素、生態系の歴史と価値を明記し、何をどう残すかを明らかにすべきである。
 そのうえで、客観的で測定可能な目標を定めるべきである。計画の成否が将来はっきり評価できないような計画は避けるべきである。具体的に検証されるのは、ほとんどの場合、目的ではなく、目標である。目標は、数値化されていることが望ましい。数値でない場合には、その目標が達成されたかどうかが、将来明確に判断できることが大切である。
 事業の推移とともに、目標を満たしていても、目的との間に明らかな齟齬が生じることがある。たとえば、ある希少種を含めた健全な生態系の保全を目的とし、ある希少種の個体数を数十個体以上に維持するという目標を掲げた場合において、この数値目標が達成されていても、個体が小型化するなど、想定外の影響が出て、目的を果たしたとは言えない場合があり得る。このような場合には、目標の追加や見直しが必要になる。
 順応的管理による自然再生事業が、所期の目標を達成した場合においても、事業計画で用いた仮説が正しいとは限らない。事業期間中のモニタリングで得られた結果について、事後評価を行い、採用した仮説の妥当性について吟味し、将来の事業に役立てることが重要である。

20. 将来予測の不確実性の程度を示す
 自然再生事業に用いた仮説が適切であっても、必ずしも目標が達成できるとは限らない。そのため、事業を計画する場合、さまざまな不測の事態が発生することをつねに念頭におき、対処方法を準備しておく必要がある。失敗するリスクをゼロにすることはできないが、リスクを十分低い水準に抑えるよう努めるべきである。
 そのためにも、将来予測にどの程度の不確実性があるか、その程度を見積もり、明示する必要がある。この不確実性を事業にかかわる多様な主体が認識し、共有しておかなければならない。

21. 事業計画に用いた仮説をモニタリングで検証し、状態変化に応じて方策を変える
 生態系は複雑であり、その維持機構は科学的に十分に解明されているとは言えないので、事業の結果に関する予測には、不確実性がともなう。そのため、自然再生事業の計画を立案する際には何らかの仮説が必要とされる。事業計画においては、どのような仮説を用いたかを明記し、その妥当性の根拠を述べる必要がある。さらに、その仮説は、事業を通じて検証される必要がある。したがって、事業計画には、事業を通じてその仮説を検証するための、モニタリング計画が盛り込まれていなければならない。
 順応的管理は、事業を通じての仮説検証を行っていくための方法であり、生態系管理における標準的な管理手法となっている。順応的管理は、以下のような二つの要素からなる。第一に、ある仮説と目標に基づいて事業計画を立て、事業の中で生態系の状態をモニタリングし続けることによって、仮説を検証する。第二に、生態系の状態変化が、仮説を支持しない場合には、新たに明らかになった事実に応じて仮説を修正し、対策を変える(フィードバック制御)。
 仮説を検証できないような事業計画や、事態の悪化を招いたあとで新たな対策を考える事態は避けるべきである。すなわち、状態変化に応じてどのように対策を変えるか、その変え方を予め決めておくことが望ましい。
 自然再生基本方針には、「自然再生の目標とする生態系その他の自然環境の機能を損なうことのないよう、自然環境が再生していく状況を長期的、継続的にモニタリングし、必要に応じ自然再生事業の中止も含め、計画や事業の内容を見直していくことが重要」と記されているが、その内容はまさに順応的管理を行うことを定めたものである。
 仮説検証型の事業を行うことは、事業地域の中で研究上の興味のみのために実験を行うという意味ではない。自然再生事業や生態系管理は、生態系の状態を改善するための実践である。事業地域内の生態系の復元や回復に貢献せず、生態系を悪化させるおそれのある実験は、たとえ研究上意義のあるものであっても、事業区域の中で行うべきではない。

22. 用いた仮説の誤りが判明した場合、中止を含めて速やかに是正する
 順応的管理を進めることによって自然に対する理解を深め、自然の回復力を高めるような手法に変えていくことが望ましい。そのような計画のうち、どの部分が未検証の仮説に基づいているかをあらかじめ明らかにし、事業計画と仮説を定期的に見直しながら事業を進めていくべきである。
 証明されていない仮説を用いる以上、事業の進捗にともない、その仮説が誤りであることが判明したり、誤りである可能性が高まる場合がある。そのような場合に、当初の事業計画や仮説に固執し、取り返しのつかない事態を招くことは避けなければならない。事業を進める過程で、事業計画が予想どおりの効果を発揮せず、自然再生の目標達成に寄与しない可能性が顕在化した場合には、速やかに用いる仮説を適切なものに変更し、管理計画を再構築する必要がある。
また、適切な仮説にもとづく事業計画の修正がすぐに立案できない場合には、事業を一時的に中断した上で再検討する必要がある。さらに、事業計画全体が、自然再生の目標達成に寄与しない可能性が大きくなった場合には、事業計画を中止することが適当である。
事業計画と仮説を見直すための調査結果は、第3者によって評価できるように公表されなければならない。計画の前提に誤りがあっても、公表を控えてはならない。誤りを明らかにすることを含む情報の開示は、順応的管理において欠かすことのできない説明責任である。


3−5 合意形成と連携の指針
 自然再生事業においては、以下の指針にしたがって、多様な主体の間での合意形成につとめ、互いの連携をはかるべきである。

23. 科学者が適切な役割を果たす
 自然再生事業に参画する科学者は、生物多様性の保全、生態系の健全性の維持という視点から目標設定が妥当かどうか、目標が達成可能かどうかを点検する役割を担う。また、科学者は、その事業の目標が達成できないリスク、および好ましくない事態が生じるリスクはどれほどかなどを、ある仮定に基づいたモデルなどを用いて査定する役割も担う。
 自然再生事業を行うにあたっては、価値観の違いや、不確実なデータの解釈をめぐり、意見の対立が起こることが多い。専門家としての科学者の使命は、まず、科学的命題と価値観が関わる判断を区別し、前者に関しては、信頼性の高い情報や実証的分析結果は何であるか、どのような調査や分析によってデータの信頼性を高めることができるかを、一つ一つ明示していくことである。異なる価値観の下に展開される計画がどのような帰結をもたらすかについて、科学的な予測を示すことによって、合意形成に寄与することが重要である。
 科学的命題であっても、データの解釈をめぐって、科学者どうしの間で意見が分かれる場合がある。このような場合には、より確かな検証方法は何であるかについて、科学者間で合意形成につとめる必要がある。科学者同士が相互理解を進める過程を公開していくことは、利害関係者全体の無用な対立を避けるうえで効果を持つ。

24. 自然再生事業を担う次世代を育てる
 自然再生事業にあたっては、事業を担う次の世代を育てるために、自然環境教育の実践を含む計画をつくることが重要である。とくに、二次的自然の再生においては、土地固有の風土に配慮した人と自然との持続的関わりを再生しながら継承し、さらに発展させる必要がある。そのためには、次代を担う子どもたちと彼らを取り巻く大人たちが、その土地本来の自然や、その土地で育まれた伝統産業や文化(生活技術、民芸等)に接し、環境問題について共に考える場をつくることが重要である。その際には、体験による過度の自然利用による影響の軽減に配慮すべきである。
 また、設定した目標を実現するための事業と関連づけながら、登山、自然探検、農林水産業の体験学習など、自然と接するさまざまな取り組みを計画し、自然再生事業への支持を広げ、参画者を増やしていくことが望ましい。とくに、子どもたちに対して多種多様な自然経験の場を設け、自然再生事業を担う次世代を育てることが重要である。

25. 地域の多様な主体の間で相互に信頼関係を築き、合意をはかる。
 事業計画の立案段階から、多様な利害関係者間で合意をはかることが重要である。自然再生基本方針には、その合意を図る機関として「自然再生協議会」を設けて合意を図ることの重要性が繰り返し指摘されている。そのためには、基本方針にあるとおり、「協議会」を公開として中立的な運営に努め、理性的で互恵的な相互理解を生む場とするよう努めなくてはいけない。さらに、計画づくりの早い段階から多様な主体が参加し(多様な主体の参加)、その上で、利害関係者間で対話の場を設けること(対話の場の形成)、必要に応じてインターネットなどの情報媒体が活用できること(多様な参加機会の確保)、情報が公開され、意思形成過程が透明であること(公開性)が重要である(住民参画)。人と自然の関係を共生と呼ぶことには異論もあるが、互いに相手を排除することなく、価値観や伝統や利害の異なる者同士が協議会を通じて共生関係を維持することこそ、人と自然の持続的な関係を実現する上で必要な前提と言ってもよい。
 合意形成の場面では、対話を繰り返すことによって相互に信頼関係を構築することが重要である。価値や利害に相違があるとしても、信頼関係が醸成されていることによって、相互に譲歩しながら納得して、合意に達することは可能である。合意とは、意見もしくは利害や価値観を同じくする者どうしでの同意だけでなく、意見などを異にする者どうしが相互に歩みよる行為であり、それを成功させるためには相互に一定の信頼関係が築かれていることが重要である。

26. より広範な環境を守る取り組みとの連携をはかる
 地球温暖化や環境汚染に代表される環境問題への社会的関心の高まりから、自然環境の保全と再生に関連したさまざまな取り組みが実施されている。自然再生事業の実施にあたっては、各地域における多様な取り組みと連携することが必要である。他の取り組みや事業との連携にあたっては、自然再生事業への支持を広げ、本指針に沿った取り組みを求めるとともに、多様な価値観を持つ主体の間での合意形成につとめ、環境を守る取り組みが全体として発展するように努めるべきである。
 連携の対象には地球規模の環境問題に取り組む事業、地域の環境問題に取り組む事業、環境保全に対する企業の活動などが考えられる。たとえば、地球温暖化対策を意図したさまざまな森づくりの取り組みが進められているが、これらは必ずしもその土地本来の自然の再生を意図していない。このような場合には、本指針に沿った自生種を用いた森づくりを求め、また森だけでなく草地や水辺環境を含む多様な自然環境の創生を求めていく必要がある。またバイオマス作物の栽培においては、新たな侵入生物問題を生じさせない配慮が求められる。地域で取り組まれる事業の例としてはビオトープ造成があるが、わが国の水辺環境は、もともと森と隣接しており、水辺の生物には水域と森林の両方を利用する生物が少なくないことを考慮する必要がある。また、消費者と農業生産者を直接つなぐ取り組みで注目されている地産地消(土地でとれた作物をその土地で消費すること)や身土不二の理念と実践は、その土地本来の自然と人間の持続的関係の再生をめざす取り組みと考え方の点で通じるものがある。大量生産、大量消費に依存した、環境への負荷の大きな私たちの暮らしを見つめ直すことは、自然再生につながるものである。さらに、環境問題への社会的関心の広がりを反映して、環境保全に積極的な企業が増加しているため、地域の自然再生事業にあたっては、とくに地域の地場産業における環境保全の取り組みと連携し、相互の発展をはかっていくことが必要である。
 公的資金だけでなく、多様な資金によって支援を受けることができれば、自然再生事業をより大きな規模で、より永続的に進めることが可能になる。この点では、自然再生事業の支援を行う経済行為や、その生態系から得られる資源を活用した経済行為を発展させることが大切である。このような取り組みは、自然再生事業の財政基盤を強化するだけでなく、新たな雇用を創出し、自然再生事業を支える人材を確保し、人と自然の持続的関係を発展させるうえでも重要である。