2005-2007年度 文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)(2)申請課題
複合新領域 環境学 環境影響評価・環境政策
更新

生態系管理の順応的制御ルールに関する群集・空間生態学的研究

Community- and spatio-ecological approach for adaptive control rules in ecosystem management

氏 名 所属研究機関・部局・職 現在の専門 役割分担
松田裕之 横浜国大・環境情報・教授 環境リスク学 研究取り纏め・数理モデル解析
小池文人 横浜国大・環境情報・助教授 群集生態学 陸上動植物群集モデル解析
雨宮 隆 横浜国大・環境情報・助教授 複雑系科学 生態系実験・モデル解析
白木原国雄 東京大・海洋研・教授 水産資源学 海洋漁業生態系モデル解析
勝川俊雄 東京大・海洋研・助手 水産資源学 海洋生態系モデル解析
酒井暁子 横浜国大・環境情報・客員助教授 植物生態学 シカ食害による土壌流出解析
牧野光琢 中央水研・研究員 漁業管理学 漁業生態系モデル解析

研 究 目 的  
従来の生態系の管理方策は,実際には対象種に注目した個体群単位の管理であった.不確実性を考慮し,状態を監視しつつ状態変化に応じて捕獲率などの方策を変える「順応的管理」を取り入れ,初期の目的を達成する確率を評価しつつリスク管理を行った点で,従来の管理とは異なる新たな理論を実用化しつつある。他方,単一種の管理ではなく,種間相互作用,生息地の保護,環境の不均一性を考慮した生態系管理の必要性も,陸域海域を問わず,国際的に広く認められつつある.けれども,個体群管理と異なり,生態系をどのように継続監視し,状態変化に応じてどのように方策を変えるべきかは,具体的な研究および実績がほとんどない.以下の2つの視点が重要と考える.第1に種間相互作用を明示的に考慮した群集生態学的数理モデルにより,状態変化に応じた各生物種への捕獲量・保全策などの順応的制御の効果を解析すること.第2に,保護区の面積の見直しなど空間構造を考慮した順応的制御の効果を解析することである.前者においては群集生態学の手法を駆使し,後者においては位置情報システム(GIS)など空間情報を解析する手法を活用する必要がある.

準備状況等
T.この研究課題の準備状況等 研究目的に記したとおり,生態系管理の順応的制御の適用事例として,以下の課題に取り組んでいる.
(i)ニホンジカと自然植生の生態系管理.代表者は日本における野生鳥獣の順応的個体群管理のさきがけとなったエゾシカ保護管理計画にかかわり(研究成果A38,A47,A61),激増するエゾシカの増加を減少傾向に転じさせ,農林業被害額の半減に成功した.現在は,このままでは個体数を半減させるという目標を達成できないことを指摘し,いち早く対策強化の必要性を行政に説得し,鹿肉の有効利用の事業化も進んでいる.しかし,ニホンジカ(以下「シカ」)の大発生は全国的な傾向であり,農林業被害だけでなく,希少植物を含めた自然植生破壊と土壌流出を引き起こしつつある.屋久島(環境省推進費L21)や知床(松田は世界遺産候補地科学委員)のデータを集積し,自然植生の保全とシカの個体群管理をめざす生態系管理の順応的制御規則の開発をになう使命がある.その中で,本研究課題にあげた生態系管理における順応的制御ルールの一般化を図る.その際,シカと植生の不均一性を考慮し,またシカの餌選好性の研究を進めている小池との共同を図る.
(ii)魚種交替する浮魚類の多魚種管理スイッチング漁獲を国連海洋法条約に基づく許容漁獲量(TAC)制度の主要対象魚種であるマイワシ・マサバなどの漁業に適用する(松田と白木原はTAC制定に助言する水産総合研究センターの外部有識者委員を務めている).
(iii)海洋保護区の面積の順応的制御.海洋保護区の面積を順応的に制御するという発想は単一魚種の禁漁区面積の制御という形で分担者である白木原らが世界で始めて発案した.これを生態系管理の面積制御に発展させ,石西礁湖のサンゴ礁の保護区(当面の実態はオニヒトデ除去区)に適用する(環境省推進費L18に連動する). また,知床世界遺産候補地においても,IUCNの指摘により海洋保護区の設置が求められており,科学委員会として保護区面積の順応的制御を提案している(松田は知床世界遺産候補地管理計画の科学委員を務めている).保護区を設置することになれば,面積の制御規則を具体的に策定する作業を始める.これは恒久的な保護区設定よりも漁民の合意を得やすいものと期待される.
(iv)淡水生態系の健全性の順応的定義の提案.淡水生態系について,健全性の基準となる環境指標や群集組成などの変化を通じて,健全性を順応的に管理できるかどうかを実験及びモデルによって解析する.特に,環境指標の閾値の設定方法などを検討した.初年度は,そのために適切な実験設備と数理モデルを構築する.また、横浜国大において開催した数理生物学会大会でシンポジウムを企画し、野外、理論研究者の研究交流を行う。

本年度(〜平成18年3月31日)の研究実施計画
1)シカ・植物系の地政学的制御 シカは一時期の激減期を克服し,現在日本各地で大発生を繰り返し,欧米では外来種として生態系の撹乱要因になっている.けれども,国内の狩猟者の減少と高齢化,シカ肉需要の減少に伴い,各県の特定計画で定めた目標捕獲頭数を達成する見込みがない.また,正確な個体数が不明であり,一部の道県を除き増加に歯止めがかからない状態が続いている.そこで@個体数を確実に減少させるための汎用性の高い順応的管理理論を構築する(松田)ならびにAシカによる自然植生の喪失の時空間的予測モデルを構築準備(小池・松田・酒井)を検討する
2)浮魚類を含む海洋生態系の多魚種管理 マイワシ・マサバ・カタクチイワシなど、自然変動の激しい小型浮魚類の持続的利用において,現在は各魚種ごとの資源水準に応じて設定されるTACに生態系管理の理念を世界で始めて導入すべく,その理論的解析を進める(勝川・松田).
3)海洋保護区の生態系管理 単一魚種の管理効果に注目した先行研究を発展させ,海洋保護区の面積を順応的に制御する理論を,生態系管理に応用する.@石西礁湖のオニヒトデ駆除計画での海洋保護区のの面積と駆除努力をオニヒトデ現存量,サンゴ礁の種組成などから順応的に制御するルールを開発する(白木原・松田).A知床世界遺産候補海域周辺の保護区面積の順応的制御ルールを開発する(白木原・松田・牧野).同時に,保護区の順応的制御が漁民の合意形成に及ぼす効果,面積を固定する場合との費用負担の比較検討を環境経済学の見地から進める(牧野・松田).
4)生態系健全性の実験・モデル解析 自然再生推進法の基本方針にも「健全な生態系」という表現が見られるが、生態系の健全性を具体的に定義したものはほとんどない。そのために@淡水生態系の健全性を典型例とされる淡水生態系について,その健全性を定義し、順応的に管理できるかどうかを実験及びモデルによって解析する(雨宮・松田).


主な業績(2005年度まで)
1)シカ・植物系の地政学的制御
松田裕之ほか28名(日本生態学会生態系管理専門委員会) (2005) 自然再生事業指針. 保全生態学研究. 10: 63-75(full text)
湯本貴和・松田裕之編著(2005)『世界遺産をシカが喰う-シカと森の生態学』文一総合出版. 65-82
松田裕之 (2005) 2005年度日本生態学会関東地区会共催公開セミナー 個体群管理から生態系管理への課題と展望. 日本生態学会関東地区会報. 54:1-5.
Kaji K, Okada H, Yamanaka M, Matsuda H, Yabe T (2005) Irruption of a colonizing sika deer population. J. Wildl Managem 68: 889-899.
2)浮魚類を含む海洋生態系の多魚種管理
Matsuda H, Abrams PA (2006) Maximal yields from multi-species fisheries systems: rules for systems with multiple trophic levels. Ecol Appl 16:225-237
Katsukawa T (2005) Evaluation of current and alternative fisheries management scenarios based on spawning-per-recruit (SPR), revenue-per-recruit (RPR), and yield-per-recruit (YPR) diagrams. Ices Journal of Marine Science 62, 841-846.
勝川俊雄(2005) 非定常・予測不可能な多魚種資源の管理理論 月刊海洋 37(3): 198-204.
勝川俊雄(2005)魚種交替資源に対する多魚種管理方策 In 「レジームシフトと水産資源管理」恒星社厚生閣, 143 p
3)海洋保護区の生態系管理
Kar TK, Matsuda H (2006) Modelling and analysis of marine reserve creation. Journal of Fisheries and Aquatic Science 1:17-31
Makino M & Matsuda H (2005) Co-Management in Japanese Coastal Fishery: It’s Institutional Features and Transaction Cost. Marine Policy 29:441-450
4)生態系健全性の実験・モデル解析
T. Amemiya, T. Enomoto, A. G. Rossberg, N. Takamura, and K. Itoh: Lake restoration in terms of ecological resilience: a numerical study of biomanipulations under bistable conditions, Ecology and Society, 10 (2): 3 (2005). [online]
雨宮 隆,生態系を複雑系の見方で捉える−湖沼の富栄養化を例として−,化学と教育,53巻,7号,390-393頁,(2005).
A. G. Rossberg, H. Matsuda, T. Amemiya, and K. Itoh: An explanatory model for food-web structure and evolution, Ecological Complexity, vol. 2, pp. 312-321, (2005).
A. G. Rossberg, H. Matsuda, T. Amemiya, and K. Itoh: Some properties of the speciation model for food-web structure −Mechanisms for degree distributions and intervality−, Journal of Theoretical Biology, in press.