平成17年度 横浜国立大学 教育研究高度化経費 成果報告 「人間生態系の次世代デザインの構築」 ―リスク社会のイノベーション研究― How to design human-ecosystems in the next generation - An innovation approach to "Risk society" 代表者 松田裕之 環境情報研究院 分担者 鈴木邦雄 環境情報研究院 分担者 金子信博 環境情報研究院 分担者 雨宮 隆 環境情報研究院 分担者 周佐喜和 環境情報研究院 分担者 三井逸友 環境情報研究院 分担者 亀屋隆志 工学研究院 本学COE拠点形成プログラムなどにより、わが国における環境リスクの研究は急速に進み、リスク概念は社会的にも認知されてきた。その結果、リスクが人間社会に不可避のものであり、あるリスクの低減が他のリスクを生み出す場合や、リスク低減が人間らしい生活とは必ずしも合致しない場合があることが明らかになってきた。たとえば、野生のクマとの共存が人の安全を脅かし、洪水対策がダムの下流の生態系を損なうことも認識されてきた。  そこで我々は、COE「生物・生態環境リスクマネジメント」拠点形成の実績を踏まえ、COEの終了後の新しい大型外部資金の獲得にもつながる戦略的研究の基盤となる研究を開始することとした。すなわち、単に生態リスクや健康リスクを避けるだけでなく、相互の兼ね合いや、人と自然の望ましい関係とは何かを問い直す中で、リスクを科学的客観的に分析し、リスクと合理的に付き合うことのできる次世代社会を設計する時期にきていると考え、イノベーションとの調和、工学系と生態系の研究成果のマッチング、文理融合、高度な科学的知見と市民へのわかりやすい説明との両立などを目指した多元的な学際研究を計画した。  具体的には絶滅危惧の生物と産業・文化の統一的な保全をはかる基本理念の構築、複雑系科学を取り入れた人間生態系の評価手法、環境の持続性維持の新たなデザイン、生態系の多様性を設計するための基礎研究、農薬利用の最適デザインの構築、地域・企業の活性化のためのイノベーションとリスク分析などを行う。他にも参加研究者を募集し、新たな「リスクマネジメント科学」の創成と外部資金獲得の基盤づくりを目指す。また、東京湾で先進的な総合的環境保全・再生研究を進めている横浜市立大学をはじめ、他大学との協力にも努める。 (教育研究を高度化すると共に特徴づけることについて) 「イノベーションを進めながら、リスクと適切に共存し対応する社会」という新たな概念を発展させるため、文理融合、基礎科学から政策提言まで総括的に扱うことが本計画の特徴である。 (中期計画・年度計画との関連)本計画は、中期目標・中期計画に記された「21世紀COEプログラムに採択された分野を重点研究領域と位置づける。さらに、本学独自の研究成果を生かし、拠点形成のためのプロジェクト研究を立ち上げる」「積極的に外部資金の導入を図るとともに、自己収入の確保に努める」「安心・安全の科学と技術、環境の科学と技術に関する研究を推進し、本学の個性化を図る」「高度化・複合化する学問に先進的に対応し、教育研究に対する社会的要請に応えるために、教育研究組織の整備を図る」などに沿った計画である。 (期待される効果等) 現代がリスク社会であることが認識されてきており、次世代社会では、環境負荷を軽減し、持続循環型技術を推進し、生き物としての人間性回復が求められている。研究代表者と分担者は、「イノベーションを進めながら安全で安心できる持続可能な社会」のデザインのための「リスクマネジメント科学」の創生を行うとともに、大型研究費の申請も検討する。また、大学院の講義のなかで課題の提示とアンケート調査を行い、ワークショップを開催して、その成果の議論を深める。これらのことにより、教育研究の一層の向上に貢献できる。 成果報告 松田の関連する主な活動(文理融合関係) 1.2005/5/27 漁業経済研究会(中央水研) 2.7/3 環境倫理研究会(13-18神田学士会館) 3.10/10 環境政策・経済学会(10日9-12早稲田大学) 4.11/26-28 JST異分野融合ワークショップ「生態学と経済学の融合」実行委員:赤尾健一、栗山浩一、長谷川眞理子(以上早大)、松田裕之(伊豆ホテル大仁) 5.12/6 セミナー 三井逸友「今日の地域活性化とイノベーション、コミュニティ」「中小企業の産学連携」「地域を担うコミュニティビジネス起業」 6.12/19-21東京大学文学部多分野交流演習(松永澄夫ほか)「環境−設計の思想」 7.2006/2/16 外務省と比較法文化学会共催国際シンポジウム「海洋生物資源管理の最近の潮流〜持続可能な利用と予防的アプローチの適用〜」(三田共用会議所) 8.3/6 第37回北洋研究シンポジウム(北大水産学部)「知床世界自然遺産:氷縁生態系の保護管理と持続的漁業」 紹介報道 水産情報 北海道新聞道南版3.7 9.3/10 横浜国立大学公開シンポジウム「持続可能な漁業と自由貿易を考える」 東京新聞3.21 10.3/12-17 基礎生物学研究所主催「絶滅の生物学」第2回国際ワークショップ  2005年12月6日にメンバー内で勉強会を開き、分担者三井逸友が「今日の地域活性化とイノベーション、コミュニティ」について話題提供した。その中で、理念が先行した環境市民運動の問題点、起業家の発想と環境運動の橋渡しの重要性などが各地の事例において議論された。  また、21世紀COEと共催で2006年3月10日に本学で公開シンポジウム「持続可能な漁業と自由貿易を考える」を開催し、内外から70名の参加者があった。漁業生態学と漁業法、国際法などの専門家を一同に介したシンポジウムはこれまでになく、来生副学長の司会により水産庁、FAO関係者、環境団体の講演者たちによる活発な議論を行った。今後も、文系と理工系の海洋関係の多様な研究者を擁する本学の特長を生かした取り組みを行うことを目指している。 ・主な関連する業績・公表された成果 1.Rossberg AG, Matsuda H, Amemiya ほか(2005) A Guideline for Ecological Risk Management Procedures. Landscape and Ecological Engineering 1:221-228 2.Amemiya T, Enomoto, T, Rossberg AG, Takamura N, Itoh K (2005) Lake Restoration in Terms of Ecological Resilience: a Numerical Study of Biomanipulations under Bistable Conditions. Ecology and Society 10(2):3 [online journal]. 3.鈴木邦雄(2005)「マネジメントの生態学−生態文化・環境回復・環境経営・資源循環−」共立出版 4.湯本貴和・松田裕之編著(2005)『世界遺産をシカが喰う-シカと森の生態学』文一総合出版. 65-82 5.松田裕之・池上高志編著(2005)「ゲーム理論のフロンティア:その思想と展望をひらく」別冊数理科学SGCライブラリ-44サイエンス社 6.松田裕之 (2005) リスクの科学入門.アクアネット(湊文社). 8巻4号−11号(連載) 7.中丸麻由子・松田裕之 (2006) 進化理論で「モラル」を読みとく. バイオニクス. 9(4):58-64. 8.松田裕之 (2005) 知床世界遺産登録:その自然を守るための三つの課題. バイオニクス. 8(9):16-17. 9.松田裕之(2005) 環境リスクとどうつきあうか? クマとの共存などを例に. 松永澄夫編『環境:安全という価値は・・・』東信堂. 137-166 10.松田裕之(2005) 愛知万博が環境影響評価制度に残したもの. 町村敬志・吉見俊哉編『市民参加型社会とは―愛知万博計画過程と公共圏の再創造』有斐閣. 295-307. 11.松田裕之(2005) 書評 ジェフリー・ヒール著「はじめての環境経済学」(東洋経済新報社、細田衛士・大沼あゆみ・赤尾健一訳2005), 環境経済政策学会編「環境再生」東洋経済新報社: 179-181 12.松田裕之(2006) 生態系管理の設計. 松永澄夫編『環境―設計の思想』東信堂. 近刊 . 13.雨宮 隆 (2005)「生態系を複雑系の見方で捉える−湖沼の富栄養化を例として−」 化学と教育,53(7),390-393.  総じて、リスクを避けるだけでなく、さまざまなリスクを総合的に評価し、管理していく順応的リスク管理の手法を提案する。