オホーツク実学市民公開講座
「知床-世界自然遺産登録と環境共生−地域活性化 の課題を展望して−」

東京農大網走分校, 2006年9月23日

世界遺産の保護のあり方について

講演要旨
 知床世界自然遺産の保護管理政策には、2つの注目すべき点がある。第一に、沿岸漁業が営まれる海域をそのまま世界遺産に登録した。第二に、知床岬など核心地域でエゾシカの個体数調整を検討している。絶滅危惧種であるトドは漁業被害を与え、知床周辺でもそれを捕獲し、かつ、肉として利用している。駆除と利用は今後も続けるが、主要な漁業資源であるスケトウダラはトドの餌でもあり、生態系管理の観点からも魚を守る「多利用型総合的海域管理計画」を策定中である。欧米でも、漁場への自由参入と政府の上意下達の管理ではなく、漁協の共同管理という考え方が見直されつつある。知床は、世界遺産になったことで、図らずも日本の沿岸漁業における共同管理の見本として、世界に英語で説明する役目を負うことになった。
 陸域では、エゾシカは過去1世紀にも激減と大発生を経験し、知床半島ではいったん絶滅し、再分布したと考えられている。シカの仲間は世界各地、日本各地で大発生しているが、ほとんどの自然公園では禁猟のため、希少植物を食いつくし、植生を一変させている。知床科学委員会では、現在の大発生が過去に繰り返された増減過程の繰り返しか、前例のない不可逆的影響を植物に与えつつあるかで論争になった。議論に決着はついていないが、もし不可逆的影響がある場合には、予防原則の観点から遺産核心地域でも個体数調整が必要であるとの認識に立ち、捕獲を提案している。
 知床といえども、人為から隔絶した自然ではない。自然の恵みを持続可能な形で子孫に残すための方策を考えるために、日本のほかの世界遺産にない科学委員会が組織され、検討を重ねている。自然だけでなく、地域の生活も同時に守ることが大切である。