生態系的アプローチ(取組み、Ecosystem Approach)について

生物多様性条約第5回締約国会議(2000年ナイロビ)文書:UNEP/CBD/5 Decision V/6 (英語全文

以下は環境庁仮訳(一部省略)をもとに武内和彦・鷲谷いづみ・恒川篤史編(2001)『里山の環境学』(東京大学出版会)の訳を採用しつつさらに一部改変したものである

 (生態系的アプローチの説明)生態系的アプローチは、保全と公正な方法での持続可能な利用を促進する、土地資源、水資源、生物資源の統合管理のための戦略である。従って、生態系的アプローチの適用は、条約の3つの目的である、保全、持続可能な利用、遺伝資源の利用による利益の公正で公平な配分のバランスをとる助けとなるものである。

 生態系的アプローチは、生物学的な組織の各レベルに焦点をあてた、本質的な構造、作用、機能、生物体と周辺環境との相互関係のすべてを扱う適当な科学的方法論の適用に基礎をおいている。そこでは、文化的な多様性をもった人間も様々な生態系に必要な構成要素となる。

 構造、作用、機能、相互関係へ焦点をあてることは、条約第2条の「生態系」の定義と合致したものである。
 「「生態系」とは、植物、動物又は微生物の群集とこれを取り巻く非生物的な環境とが相互に作用して一の機能的な単位を成す動的な複合体をいう」

 この定義は、条約での「生息地」の定義とは対照的に、特定の空間的な単位を意味するものではない。従って、「生態系」という語は、「バイオーム」とか「生態学的なゾーン」という語に相当する必要はないが、あらゆる段階での機能的な単位を示し得るものである。実際、分析する範囲や実行は、対象としている課題によって決定されるべきであり、例えば、土壌粒、池、森林、バイオームあるいは生物圏全体であり得る。

 生態系的アプローチでは、生態系の複雑で動的な本質に対応し、生態系の機能に関する完全な知識と理解の欠如に対応するために順応的管理が求められる。生態系の作用は、しばしば直線的なものではなく、その作用から産み出されるものはしばしば時間的ズレが生ずる。結果は不連続で、驚きや不確実さに結びつく。管理はそのような不確実性への対応ができるように順応性がなければならず、また、「試行錯誤」あるいは調査によるフィードバックの要素を含んでいなければならない。因果関係が十分に科学的に解明されていない場合であっても、方策が講じられる必要がある。

 生態系的アプローチは、生物圏保護区や保護地域、種別の保全計画といった他の管理、保全のアプローチを否定するものではなく、また、既存の国家政策や法的な枠組みを否定するものではなく、そのようなアプローチすべてを、また複雑な状況に対処するその他の方法論すべてを統合すべきものである。生態系的アプローチを実現する唯一の方法などなく、それは地域の、地方の、国の、広範な地域の、地球規模の状況によって変わるものである。実際には、生態系的アプローチを条約の目的を実行に移すための枠組みとして使えるような様々な方法がある。(生態系的アプローチの原則)以下の12原則は、相互補完的であり、連動している。

 原則1  土地、水、生物資源の管理目標は、社会が選択すべき課題である。
 ・ 社会のセクターは、それぞれに、自身の経済的、文化的、社会的ニーズの観点から生態系に対してそれぞれの見方をする。
 ・ その土地に住んでいる原住民や地域社会は重要な利害関係者であり、その権利と利益が認識されるべき。
 ・ 文化と生物の多様性はいずれも生態系的アプローチの中心的要素であり、管理に当たってはこのことが考慮されるべき。
 ・ 社会的選択はできる限り明確に表現されるべき。
 ・ 生態系は、その固有の価値と人間への有形無形の利益のために、公正で公平な方法によって管理されるべきである。

 原則2  管理は、最も低位の適正なレベルにまで分権化すべきである。
 ・ 地方分権化されたシステムは、効率的、効果的、公平な管理を導く。
 ・ 管理にはすべての関係者を含み、地域の利益とより広域での公益のバランスを図るべき。
 ・ 生態系に対し、綿密な管理をすればするほど、責任、所有、義務、参加、地元の知識の利用が大きくなる。

 原則3 生態系管理者は、近隣および他の生態系に対する彼らの活動の(実際の、若しくは潜在的な)波及効果を考慮すべきである。
 ・ 生態系への管理による介在は、他の生態系へ未知な、あるいは予測できない影響を与えることがしばしばあるため、影響の可能性を慎重に考慮し、分析する必要がある。
 ・ このことは、必要であれば適当な妥協を図るような意志決定に関する制度の新たな整備や編成を必要とするかもしれない。

 原則4  管理によって得られる潜在的な利益を考慮しつつ、経済的な文脈において生態系を理解し管理することが一般に求められる。そのような生態系管理プログラムは、いずれも、以下の点を含むべきである。
 (a)  生物多様性に不利な影響をもたらす市場のゆがみを軽減すべきこと、
 (b)  生物多様性保全と持続的利用を促進するためのインセンティブを付与すべきこと、
 (c)  実行可能な範囲で、対象とする生態系における費用と便益の内部化をはかること。

 ・ 生物多様性への最大の脅威は、土地利用の別のシステムへの置き換えにある。
 ・ このことは市場のゆがみによってしばしば生じ、そのゆがみは、自然のシステムと人口についての低い評価によって生じ、より多様性の低いシステムへの土地利用の転換を導く悪質な奨励措置や補助金を供給している。
 ・ しばしば保全によって利益を得ている者は保全に関係したコストを支払っていないことが多く、同様に汚染等により環境コストを生じさせている者が責任を逃れている。
 ・ 奨励措置の調整とは、資源を管理する者に対して利益をもたらし、環境コストを生じさせている者が支払いを行うことを確保するものである。

 原則5  生態系のサービスを維持するために、生態系の構造と機能を保全することが、生態系アプローチの優先目標となるべきである。
 ・ 生態系の機能と回復力は、環境中の物理化学的な相互関係と同様に、種内の、種間の、また種と非生物的な環境との間の動的な関係に依拠している。
 ・ このような相互関係と作用の保全と、適当な場合にはその回復は、単なる種の保護に比べ生物多様性の長期的な維持にとってより大きな重要性をもっている。

 原則6  生態系は、その機能の限界内で管理されるべきである。
 ・ 管理目的の達成の見込み、容易さを考慮する場合、自然の生産性、生態系の構造、機能、多様性を制限している環境条件に対して注意が払われるべきである。
 ・ 生態系の機能の範囲は、一時的な条件、予測できないような条件あるいは人工的に維持された条件によって様々に影響を受けるため、管理は慎重であるべき。

 原則7  生態系的アプローチは、望ましい時間的、空間的広がりにおいて行われるべきものである。
 ・ アプローチは目的に従って適切な空間的、時間的規模で区切られるべきである。
 ・ 管理の境界は、利用者、管理者、科学者、原住民や地域住民によって使いやすいように定義されるべきである。
 ・ 地域相互の接続性については、必要に応じ考慮すべきである。
 ・ 生態系的アプローチは、遺伝子間、種間、生態系間の相互作用と調和によって特徴づられる生物多様性の階層構造の特質に立脚している。

 原則8  生態系の作用を特徴付ける時間的な広がりの相違や作用の時間遅れを考慮し、生態系管理の目標は長期的視点に立って設定されるべきである。
 ・ 生態系の作用は時間的広がりの多様さや遅延効果によって特徴づけられる。このことは本質的に、人間の将来のものよりも短期間での達成を好む傾向や当座の利益を好む傾向と相反するものである。

 原則9  管理に際しては、変化が不可避であることを認識すべきである。
 ・ 種の構成や個体の数量を含め、生態系は変化する。
 ・ 従って、管理は変化に適合しなければならない。
 ・ 生態系が本質的に変化するものであることをさしおいても、生態系は人間と生物、環境の領域にあって、様々な不確実性と驚きの可能性の複合によって満ち満ちているものである。・ 伝統的な攪乱をもたらす体制が、生態系の構造と機能にとって重要で、維持や回復が必要であることがある。
 ・ 生態系的アプローチは、変化と結果を予測しそれに対応するために順応的管理を活用すべきであり、選択肢を前もって排除してしまうようないかなる意志決定をすることにも慎重になるべきである。しかし、同時に、気候変動のような長期的な変化に対する影響軽減のための行動を考慮すべきである。

 原則10  生態系的アプローチは、生物多様性の保全と利用の適正なバランスと、両者の統合を追求すべきである。
 ・ 生物多様性は、その本質的な価値と、われわれすべてが究極的に依存している生態系やその他のサービスを提供しているという点での鍵となる役割を果たしているがゆえに重要である。
 ・ 過去において、保護されているものでも保護されていないものでも、生物多様性の構成要素を管理しようとする傾向があった。
 ・ 保全と利用とを一連のものとしてとらえ、厳格に保護されたものから人が形成した生態系まで連続したものに対して十分な方策を適用できるようなより柔軟な立場に移行していく必要がある。

 原則11  生態系的アプローチは、科学的知識、土地固有の伝統的知識、地域的知識、革新や慣習を含めたあらゆる種類の関連情報を考慮したものでなければならない。
 ・ 様々な発信源からの情報は効果的な生態系管理の戦略に到達するために重要である。
 ・ 生態系の機能と人間の利用の影響に関するよりすぐれた知識が必要である。
 ・ あらゆる関係のある地域からのすべての関係する情報は、特に条約8条(j)に基づいてなされる決定を考慮しつつ、すべての利害関係者と活動者によって共有されるべき。
 ・ 提案された管理についての決定の背後にある仮定は、明確にされ、利用できる知識と利害関係者の知見に照らしてチェックされるべきである。

 原則12  生態系的アプローチは、関連する全ての社会部門、科学分野を包含したものであるべきである。
 ・ 生物多様性の管理の問題の大半は、多くの相互作用、副作用、関係性を持っており複雑であり、地元、国家、地域、国際のそれぞれのレベルで、必要な専門家、利害関係者を関与させるべきである。

 (生態系的アプローチの適用のための運用指針)
1 生態系における機能的な関係と作用への着目 
2 利益の公平配分の推進 
3 順応的管理の実践の利用 
4 取り組む課題に適切な空間的広がりで、また可能な限り最も下位のレベルへの浸透による管理の実行 
5 セクター相互の共同を確保