北海道淡水魚保護フォーラム基調講演 2009.3.1 函館

第10回「ふるさとの魚、サクラマスを考える 〜生態系保全と再生〜

北海道淡水魚保護ネットワーク主催
2009年3月1日(日曜日)千歳市文化センター

「生物多様性条約が守る“生態系サービス”とは何か」

松田裕之(横浜国立大学環境情報研究院)

 2010年10月名古屋で、生物多様性条約第10回締約国会議(CoP10)が開かれます。この条約は1992年の地球サミットのときに採択され、森林と湿地など生態系の多様性、生物種の多様性、種内の遺伝的変異の多様性を守ることを目指し、持続可能な自然資源の利用とその利益の公平な配分を目指しています。2002年には、「生物多様性喪失の速度を2010年までに顕著に減らす」という2010年目標が合意されました。つまり、2010年の会議はそれを検証する節目の年なのです。
 なぜ生物多様性を守るのかという、より根源的な問いに対する答えは、実は明確ではありません。最近、国連のミレニアム生態系評価などの国際的取り組みでは、「生態系サービス」という言葉が多用されます。身近な言葉で言えば、「自然の恵み」や「海の幸、山の幸」に近い言葉です。生物多様性を守ることで生態系サービスが維持され、それを利用する人間の福利をもたらすという考え方です。
 生態系サービスは食料だけではありません。生態系サービスは物質循環や一次生産などの支持サービス、収穫して食料や燃料などに利用する供給サービス,森林が酸素を供給したり流域の洪水を制御し,干潟の生物が内湾の水質を浄化するなどの調節サービス,それに文化サービスなどに分けられ、それぞれの人間の福利への貢献度の評価が試算されています。食料になる供給サービスよりも、調整サービスのほうがずっと価値が高いと見積もられています。
 環境省では、CoP10にあわせて日本の生物多様性の総合評価を試みています。2006年に改定された第3次生物多様性国家戦略では、人間の過剰利用による第一の危機、過疎化により持続的に利用していた生態系を放棄したことによる第二の危機、外来生物、環境汚染などの人為撹乱による第3の危機、それに気候変動による危機に分けて、過去半世紀程度にわたってそれぞれの負荷と多様性自身の状態、保全対策の時代変化を分析中です。本講演では、私個人の見解を紹介します。高度成長期とその後のバブル景気までに、湿地の開発による生息地消失が極めて大きな多様性喪失の要因だったと見られますが、現在ではその程度は減りつつあるかもしれません。他方、河川改修は生息地を失くすだけでなく淡水魚生息地を分断しているため、新たな工事が減ったとしても、生息地は分断されたままであり、その影響は将来も深刻と懸念されます。第3の危機の一つである外来生物は、淡水生態系でも深刻な影響を与え続けています。また、種苗放流事業による遺伝的な撹乱、セタシジミなどが放流アユに混ざって全国に分布したと見られるなどの撹乱も深刻でしょう。このような多様性総合評価を契機に、世界の生物多様性の現状を知り、対策の必要性と自然保護の意義を考えてみたいと思います。