平成21年度環境省 環境研究・技術開発推進費 研究課題申請書
クマ類の個体数推定法の開発に関する研究−日本版クマ類個体数推定法を確立する−(FY2009-FY2011)
米田 政明 財団法人自然環境研究センター・研究部・研究主幹
メンバー構成
-1 | ヘア・トラップ法による個体数推定法の確立 | ○米田 政明 | 財団法人自然環境研究センター・研究部・研究主幹 |
常田 邦彦 | 財団法人自然環境研究センター・研究部・研究主幹 | ||
間野 勉 | 北海道環境科学研究センター・自然環境部・主任研究員 | ||
佐藤 喜和 | 日本大学・生物資源学部・講師 | ||
-2 | 個体数推定に関わるDNA分析法の確立 | ○玉手 英利 | 山形大学・理学部・教授 |
釣賀 一二三 | 北海道環境科学研究センター・自然環境部・道南地区野生生物室長 | ||
山内 貴義 | 岩手県環境保健研究センター・地球科学部・主任専門研究員 | ||
湯浅 卓 | 株式会社野生動物保護管理事務所・調査部・研究員 | ||
-3 | 補完法・代替法の開発 | ○三浦 慎悟 | 独立行政法人森林総合研究所・野生動物研究領域・チーム長 |
青井 俊樹 | 独立行政法人森林総合研究所・野生動物研究領域・チーム長 | ||
-4 | 個体群モデルによるモニタリング手法及び生息推定法の確立 | ○松田 裕之 | 横浜国立大学・環境情報研究院・教授 |
堀野 眞一 | 独立行政法人森林総合研究所・東北支所生物多様性研究グループ・研究グループ長 |
研究の背景
日本には2種類のクマ類、ツキノワグマとヒグマが生息する。クマ類は日本に生息する最大の陸上動物であり、アンブレラ種として生態系及び生物多様性保全において重要な役割を持っている。民話や伝統行事に登場するなど、文化・精神面でも特異な位置を占めている。ツキノワグマの現在の生息域は本州以南の地域のおよそ3分の1、9万km2程度、ヒグマの生息域は北海道の半分強、4.5万km2程度である。生息地の改変や過去の捕獲の影響により、ツキノワグマでは四国や西中国地域の6つの地域個体群が、ヒグマでは石狩西部地域個体群が、日本のレッドデータブックで絶滅のおそれのある地域個体群に指定されており、その保全対策が求められている。
クマ類は、狩猟動物としてその毛皮や胆嚢が伝統的に利用されてきた。現在、狩猟によりクマ類は毎年700頭程度捕獲数されている。クマ類は大型でするどいツメ、歯牙を持ち潜在的に人を殺傷する能力を持っているため、人々に恐れられている動物でもある。日本では平均すると、クマ類による死亡事故が年に1名、負傷事故が30名ほど発生している。また、クマ類は雑食性であり、農作物や林産物も加害し、毎年の農産物の被害総額は4億円程度、林業被害面積は約500ha程度生じている。被害防除のため有害捕獲されるクマ個体数は、年間1500頭程度に達している。
野生動物の保護管理のためには、生息数とその動向把握が欠かせない。国が基本的指針を示す鳥獣保護事業計画において、都道府県は個体数の推計調査等を実施することが定められている。日本のクマ類生息地の大部分は森林であり、積雪期の落葉樹林帯などを除き直接観察による生息数調査は困難である。日本の研究者や都道府県・行政機関は、春の残雪期の直接観察、標識再捕獲法、あるいはヘア・トラップで採集された毛のDNA個体識別など、さまざまな調査法を適用してきた。その生息数調査に基づき、捕獲数上限の設定など、クマ類の保護管理計画を策定している都道府県も多い。しかし、2006年(平成18年)には通常生息地域外へのツキノワグマの大量出没がみられ、平年の2倍以上に達する4,340頭が全国で捕獲された。全国のツキノワグマ生息数が16,000頭前後とする従来の生息数知見では、この捕獲数は地域個体群の動向に大きく影響する捕獲数レベルである。しかし、大量捕獲があった翌年の個体群指標調査で、生息数指標の大きな減少が見られてなかった府県もあり、従来の推定生息数は過小評価であった可能性も指摘されている。一方、大量捕獲が地域個体群の存続に影響しているとの見解もある。
日本のクマ類は、アンブレラ種、地域個体群の絶滅防止、狩猟と有害捕獲管理など観点から、狩猟鳥獣の中でも特に注意深い保護管理が求めている。保護管理のためには、従来に比べ精度の高い生息数調査方法を開発する必要がある。同時に、その生息数調査法は、地方自治体レベルで継続的に実施可能な費用対効果の高いこと及び対象動物への影響が少ない非侵襲的方法が求められている。
研究の目的・達成目標(アウトプット)
日本において適用できる実用的なツキノワグマ及びヒグマの個体数推定法及びモニタリング手法の開発を目的として本研究を実施する。具体的な目標として、生息数推定精度向上及び費用対効果の観点から次の4つの課題解決を目指す。
(1)ヘア・トラップ法による個体数推定法の確立
北米の比較的均一な環境の大面積生息地向けに開発された本調査方法を、日本の自然環境に適用できるものに改良することを目標として、モデル地域(大面積トラップ)を設定して次の研究を行う。
? 既存調査のレビューとモデル地域予備調査
? 大面積トラップ設定による、トラップ間隔、再捕獲率パラメータ等の入手による高精度生息数推定法の開発
? 日本の自然環境に適したヘア・トラップ法の確立
(2)個体数推定に関わる効果的なDNA分析法の確立
ヘア・トラップで採集された試料のマイクロサテライト多型解析による個体識別の標準化と精度向上及び新たな分析法の開発を目的として、次の研究を行う。
? ヘア・トラップ法におけるDNA分析プロトコルの確立
? 標準サンプルを用いてデータの精度管理と標準化を行うデータ解析環境の開発
? DNA分析による遺伝的有効集団サイズ(Ne)推定法の開発
(3)補完法・代替法の開発
生息数調査におけるヘア・トラップ法の補完法・代替法の開発及び費用対効果の改善を目的として、次の研究を行う。
? 顔識別技術などの応用による、カメラトラップ画像の個体識別精度向上と個体数推定法への応用
? 生息数推定補完法としての生活痕跡密度調査等とヘア・トラップによる生息数推定の対応の確立
(4)個体群モデルによるモニタリング手法及び生息数推定法の確立
ヘア・トラップ法における個体数推定に関わる、グリッドサイズとトラップ数、再捕獲率、捕捉率、個体の空間配置及び出生・死亡率、移出入など取り入れた個体数推定式等の改良を目的として次の研究を行う。
? 既存の生息数推定法の精度比較による方法の異なる推定生息数の確度管理
? 標識再捕獲法(ヘア・トラップ法)による個体数推定法の改良
? 個体群パラメータ及び捕獲数動向による個体群モデル構築
これらの研究成果を統合化した標準調査法マニュアルを作成し、国・地方自治体等に高精度で費用対効果の高いクマ類生息数調査法を提示することによる本種の保護管理の進展を全体目標とする。