平成25年度(2013年度) 挑戦的萌芽研究

環境学 環境創成学 環境政策・環境社会システム 環境と社会活動 レギュラトリ科学

生態リスク分野におけるレギュラトリ科学の創生

代表者 松田裕之 横浜国大・環境情報
分担者 藤江幸一 横浜国大・環境情報
及川敬貴 横浜国大・環境情報
中井里史 横浜国大・環境情報
内藤航 産総研・安全科学
連携者 川口勇生 法医研・放射線防護研究センター

研究目的
生態リスク分野(具体的には漁業管理、野生動物管理、外来生物法、環境影響評価、絶滅危惧種判定、遺伝子組換え作物安全指針など)における、環境行政の政策提言に関するレギュラトリ科学の理念方法論の体系化を図る。日本と欧米、途上国におけるその実態調査、これらの各分野における理念方法論の相違を分析し、統合を図る。特に、政策提言の際に果たす科学者の役割は一致していない。また、水産生物の絶滅危惧種判定など、複合的な分野の相克が問題になっている例がある。さらに、Future Earth という生物多様性と気候変動に関する国際的に科学的助言機関に見られるように、科学者の政策提言のあり方が国際的、分野横断的な相克が見られ、深刻な対立が噴出している例がある。国内における政策提言指針の統合を図るとともに、こうした「国際紛争」への一つの解法を示す。

研究成果
桜井良・秋庭はるみ・松田裕之 (2015/12) ヒューマン・ディメンションとレギュラトリ科学 - 野生動物管理における意思決定や政策評価のための科学の創生に向けて-. 政策科学(立命館大学). 23(1):47-52.
桜井良・秋庭はるみ(2015)メンタリングで研究室は活性化するのか?ー組織における人材育成と支援関係の構築を考えるー. Wildlife Forum 19(2) 30-33.

学術的背景
環境分野には、実証されていないリスクに対処すべき課題が多い。今日では、原発由来の放射線の健康リスクがその典型例である。そして、放射線リスクについては、レギュラトリ科学(規制科学)の重要性が認識されつつある(生態リスクと比較する意味で、放射線リスクも扱う)。
レギュラトリ科学とは、通常の実証科学に対して、社会に応えるべき知見が未実証であるような場合に、どう対処すべきかの「約束事」を定めるための科学である。放射線における線量限度は、科学的根拠のみに基づくというより、何らかの歯止めとしての実行可能な基準を定める作業であった。
水産資源管理、野生動物管理、さらには絶滅危惧生物の判定など、生態系保全に関する事例でも、規制科学マターであるものは少なくない。しかし、それらは別個に、個々の専門家と行政等の当事者の経験によってルールが作られている。そして、生態保全の各分野を通じた統合的な方法論がない。そして、水産資源管理や有害鳥獣対策などの生物を減らす側の取り組みと、絶滅危惧種保護のような生物を守る側の取り組みが対立し、統合的な政策が提案できない状態が続いている。

何をどこまで明らかにするのか
本研究では(1)科学的不確実性を考慮した科学的提言の実態調査、(2)特に科学委員会(以下、「委員会」)のような助言組織における行政官と科学者の役割分担、(3)社会に対する政策提言の実態調査、(4)これらを通じた生態リスクのレギュラトリ科学の体系化を行う。
その第一歩として、現在喫緊の課題である以下の諸問題の分析と「望ましい」科学者の政策提言のあり方を具体的に提案する。@辺野古米軍飛行場施設環境影響評価(日本の環境影響評価のあり方と科学者の政策提言の役割)、A世界自然遺産委員会の役割(利用を図る地元関係者と世界の環境保護運動の対立)、B水産資源を含めた海産生物絶滅危惧種判定基準(水産関係と保全生物の葛藤、ワシントン条約におけるクロマグロやウナギの掲載問題も含む)、C遺伝子組換え農作物、D外来生物法、E放射線食品安全基準などの事例を、委員会規約、構成する委員の専門分野、議事録の分析、透明性、報道、そして委員や行政担当者への直接の聞き取り調査によって比較検討する。それぞれの環境行政における科学委員会(有識者検討会など)の役割、行政との関係はさまざまである。なお、これらの多くは本申請の代表者、分担者が委員等として参加しているが、委員自身ではなく第3 者による分析を行う。

学術的な特色及び予想される結果と意義
今日まで、このような委員会において期待される科学者の役割は必ずしも明確ではなく、召集する側も委員の側も、果たすべき役割を的確に認識していない場合があった。それが更なる混乱や機能不全を起こした場合もあったと思われる。このような事例を分析し、わかりやすく成果を世に出すことにより(資料に基づく詳細な報告書のほか、10 ページ程度の要約版、一般書ならびに見開き4 ページ程度のパンフレットを作成予定)、多方面の委員となる専門家への指針を提案する。それらを通じて、生態リスク分野における「レギュラトリ科学」の創生をめざす。