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English Website Flyer(掲示歓迎します)
シカ、上位捕食者、ネズミ類、野生動物個体群を管理する際に、情報不足や不確実性はつきものです。管理計画はこれらの限界を覚悟して立案、実施しなくてはなりません。計算機の中では数字を与えないと計算できませんから、不確実性を無視していると思われるかもしれません。しかし、現代の個体群動態の数理モデルは、不確実性を真っ向から扱っています。むしろ、情報不足下での個体数推定や管理計画立案には数理モデルが欠かせません。管理目標の実現可能性、費用対効果を吟味する際にも数理モデルが重要です。
このセッションでは、国内からは山梨、屋久島、北海道のシカ問題、外来ザリガニ対策、風車の鳥衝突問題とカワウの漁業被害対策、海外からは上位捕食者、太陽光発電と希少ネズミ類の関係など、徹底して現場の実践経験を紹介しあいます。扱う種はさまざまですが、不確実性とどう向き合い、社会的に必要とされる管理目標の実現に必要な共通点があるはずです。
国際学会は、あるときには行政政策を変える重要な転換点となりえます。今回のIWMCは、鳥獣保護管理法の新たな体制を決める上で重要なセッションがいくつも組まれています(シカ、クマ、カワウ、海獣、外来種、風力など)。一つの大きな流れは、一部の野生動物における保護から管理への転換です。本セッションでは、限られた知見の中で、その「変え方」にどう個体群モデルを活用するかなどを議論します。このセッションは、再生可能エネルギー問題のBorosk氏らの提案と、4月4日に東京大学で開催された関連行事の紹介にこたえて、2名の海外研究者に自己資金で参加いただいています。4月の行事ではRAMAS開発者の一人であるBurgman教授に「個体群モデルにおける不確実性の扱い方:情報のギャップをいかに補いよい決定を行うか」と題して基調講演いただき、環境省推進費S-9の諸成果の紹介とともに、日本のゼニガタアザラシ政策の見直しを海外研究者に説明しました。
皆さんのご参集をお待ち申し上げます。(松田)
プログラム(要約つき英語サイト English program & Abstract)
要旨和訳
Tracey Hollingsら (メルボルン大)上位捕食者(タスマニアデビル)の感染症は外来種の侵入を招き、生物多様性の脅威となる (abst)
上位捕食者は生物多様性の保護と保存に重要な機能的役割を果たしています。上位捕食者の大規模な、世界的な減少は、中位捕食者の侵入とそれと競合する在来種の絶滅につながります。タスマニアデビルは最大の現存する有袋類肉食動物ですが、可移植性肉腫やタスマニアデビル顔面腫(DFTD)から野生では絶滅の危機にさらされています。個体数は長期罹患地域では5%未満に減り、現在の分布域の80%以上に感染が広がっています。私たちは、本種の減少による地上性哺乳類の変化を評価するため、本種が減り続けている地域を横切る調査を実施しました。我々は、種組成や哺乳類群集の均一性の程度はブレイ・カーティスの非類似度行列と分散の並べ替え多変量解析を用い、非計量多次元尺度(NMDS)を使用して、本種の減少による変化評価しました。また一般化線形混合モデル(GLMMs)を用いて、1)外来種の群集組成;
2)中位捕食者の活動と3)その餌生物の相対量の変化を分析しました。外来侵入種(ノネコとクマネズミ)の活性の増加を見出し、タスマニアデビルの減少のタイミングに応じて、在来の中小餌生物が減少しました。タスマニアデビルが長期に減っている地域では、外来種が群集内のかなりの割合を占めるほど増えていました。これらの結果は、デビルが減るにつれてタスマニアの生態系が損なわれ、動物群集から外来種に侵入され、生物多様性が損失するという意味で、タスマニアデビルがオーストラリアで最も健全な生態系のキーストーンの役割を果たしていることを示しています。(松田仮訳確認中)
Brian Boroskら(H. T. Harvey & Associates社) 太陽光発電施設の開発による希少ジャイアントカンガルーラット個体群への影響の最小化 (abst)
ジャイアントカンガルーラット(Dipodomys ingens)は主に夜間、穴を掘って巣のコロニー(Precinct)を形成する小型のげっ歯類です。彼らは、米国カリフォルニア州にある草原や低木の群落に棲むキーストーン種です。現在、種は過去の生息域の5%未満にしか生息していません。開発事業を複数年行う間にこの種への環境影響を予測することは困難かもしれません。なぜなら、事業が気候条件が有利なときに重なると、この生物は急速に増えることができる生活史を持っているため、事業の影響が消えてしまうからです。我々は、太陽光発電所予定地にすむ同種の個体数や分布域を推定するため、事業予定地2163ヘクタール全体の調査の2年かけて完了し、そのデータを用いて生息地をできるだけ避けて建設するよう設計を変更しました。工事中に影響するコロニーを一つ一つ検討し、どのコロニーに実際に影響があるかを工事期間中に識別しました。工事計画を変えても影響を回避できなかったコロニーには、恒久保護区内に人工的な巣穴を作って再配置して、うまく対処しました。毎年10%がコロニーを作るように再配置が必要なコロニーの数を推定し、年間個体数増加率が50%を維持するように事業影響の許容範囲を定めました。我々は304のラットが再配置されると推定しました。このとき、個体数増加率は上記を超えると予測されましたが、改定案とさらなる保全措置が可能とわかった場合には計画を再度変更するという建設当初の約束により、225個体(許容範囲の74%)しか再配置できないことが分かました。(松田仮訳確認中)
飯島勇人(山梨県森林総合研究所)シカ個体群動態推定における複数データ利用の重要性 (abst)
野生動物の個体数のモニタリングにおいて、大きな観測誤差は避けようがない。そのため、モニタリングは複数の指標で行われるべきである。しかし、古典的な統計的手法は一つのも出で複数の指標を扱うこと及び観測と生態的過程の誤差(個体群動態における確率論的浮動)を分離することができなかった。本研究で、私は複数の密度指標を用いてシカ個体数を推定するベイズ型状態空間モデルを開発した。5×5kmのメッシュ単位のシカ密度指標として、日本の中央部にある山梨県ではシカ目撃効率(SPUE)、糞塊密度、そして区画法が2005年から行われた。個体群動態モデルにおいて、観測できないシカ個体数は個体群増加率によって増加し、狩猟及び管理捕獲によって減少し、過程誤差によって変動する。メッシュごとの内的自然増加率は、メッシュ内の森林率、常緑樹林率、人工草地率から推定された。観測モデルにおいて、観測できないシカ個体数は観測誤差を含むがシカ密度指標と直線的な関係にあるとした。推定は、SPUEと区画法の両方のデータを用いた場合にのみ実行可能であった。内的自然増加率は人工草地率が高いほど高かった。シカを減少させるためには30%以上減少させる必要があるが、特にシカ個体数が多いメッシュでは達成できていなかった。
西嶋翔太(横浜国大)複数外来種によって誘発される中位捕食者の解放の管理戦略(abst )
外来の上位捕食者の除去は、外来の中位捕食者の増加を引き起こし、在来の餌動物を減少させることが知られている。しかし、最近の研究では、上位捕食者が減少したとしても、在来の餌動物が減少しないことや、逆に増加することもあることが示されている。この現象は、複数外来種による中位捕食者の解放(メソプレデター・リリース)を管理するうえでの重要な難問となっている。そこで本研究では単純な数理モデルを解析し、上位捕食者消失の影響の変化を説明し、在来の餌動物保全のための指針を構築することを試みた。このモデルは、上位捕食者・中位捕食者・在来餌からなるギルド内捕食系に、中位捕食者を支える補助資源を加えた4者からなる。解析の結果、補助資源の利用可能量が低いときには、上位捕食者の除去は在来餌を増加させうるが、補助資源の利用可能量が高い状況では、上位捕食者除去は中位捕食者を激増させ、在来餌を大きく減少させた。これは人間活動によって補助資源の利用可能性が高まると、中位捕食者の解放によって在来種に深刻な影響が及ぶことを示唆している。最後に、不確実性の高い状況下で頑健な管理戦略を探索したところ、外来上位捕食者と外来中位捕食者だけでなく、補助資源も制御することが有効であることが示された。外来の中位捕食者の補助資源はギルド内捕食系の栄養カスケードを左右する重要な要素であり、重要な管理対象として考慮されるべきである。
藤巻碧海ら(横浜国大)区域別の管理目標を定めたヤクシカ管理計画の提案(abst)
世界遺産の屋久島でもシカが増加し、貴重な植生に影響が出ている。日本のシカ管理ではPopulation Matrix Modelが管理計画策定で使われている。屋久島のシカの個体群管理について、このモデルを用いて、実際の管理計画に即して、2012年の管理を続けた場合の検討を行なった。現状の管理を行うと、分散がなければ島全体の個体数の中央値は一時減少するが、そのご増加した。目標達成率では、すべての地域で、分散がある場合は、分散がない場合よりも目標達成確率が低かった。優先順位を付けて捕獲数を再配分しると、分散がない場合、中央部に管理努力を集中することができ、島全体の個体数の中央値は減少した。分散がある場合の方が分散がない場合よりも目標達成確率が上がった地域があった。
松田裕之(横浜国大)野生動物管理における実現可能性、費用対効果、合意形成に資する個体群モデルの役割(abst)
本講演では、(1)滋賀県カワウ管理と(2)福井県あわらウィンドファームの鳥衝突リスクの二つの事例を紹介します。(1)カワウは一時期絶滅の危機にひんしていましたが、最近個体数が回復し、琵琶湖で漁業や森林植生に被害をもたらしています。竹生島の保全すべき森林にコロニーを作るために、環境部門はカワウを竹生島から追い払おうとしました。しかしカワウが移動しても漁業被害は減りません。水産部門はカワウの数を減らすために、空気銃を使用して鳥に警戒されないように大量捕獲を続けています。追い払いは空気銃には迷惑でした。個体群動態モデルによる分析は、両者の合意を図るために有効でした。両者は空気銃捕獲を個体数を減らす有効な方法として同意しました。ただし、今後個体数が大幅に減少した後、空気銃の効果が薄れてくれば、水産部門と環境部門は別の途を歩むかもしれません。(2)あわら市の風力発電は、ラムサール条約登録地のマガン越冬地である片野鴨池とマガンの餌場である酒井平野の間にあります。数千場のマガンが毎朝夕に移動するため、野鳥団体が反対運動を起こしました。私たちはマガンの衝突リスクを推定し、片野鴨池のマガン個体群の存続が保証される衝突指数の許容範囲を求めました。また、予想以上に鳥衝突が起きた場合に朝夕の運転を制限するなどの保全措置を提案しました。この議論を経て風発は建設され、事後調査により、衝突リスクが低いことが合意されました。これらの事例の経験から、個体群モデルによる定量的なリスク評価と社会経済的な分析が合意形成に必要であることが示唆されました。