環境変動があれば入口(努力量)規制のほうが出口(漁獲量)規制よりうまくいくといいたいだけなら、MSYを前提にしても可能であり、MSY理論を否定する必要はない。資源動態モデルの数式は後で述べるとして、言葉で説明する。多くの国では、TAC(正確には生物学的許容漁獲量ABC)は持続可能性を担保するはずの漁獲率Ftarget(それがMSYから導かれる場合にはFMSY)と、推定資源量N’に応じてFを下げるABC決定ルールを定め、それと推定資源量N’の積をTACとしている。つまり、FはN’の関数としてF(N’)と表される。入口規制とTACの差は、最後にABC決定ルールに基づく漁獲率Fを定めるのか、それにN’をかけた漁獲量を定めるかの違いである。どちらにしても真の資源量N’は未知だから、FはNでなくN’の関数である。
 この時、入口管理ならば漁獲量はF(N’)N(1+ε)となる。このεを実行誤差という。実際の漁獲量は漁獲率F(N’)と真の資源量Nの単純な積でなく、実行誤差を伴うはずである。
 出口規制ならば実行誤差はない。しかし真の資源量はわからないから、TACは推定資源量を用いてF(N’)N’と決められる。
 この両者を乱数を引いてシミュレーションしてみると、図のようになる。実行誤差のほうが資源量の推定誤差より小さければ、入口規制のほうがTAC管理よりも資源量も漁獲量も安定し、大体において高くなる。つまり、入口規制のほうがうまくいく。逆に資源量推定誤差のほうが小さければ、大体においてTAC管理のほうがうまくいく。しかし、現状では、資源量推定誤差のほうが大きい場合が、おそらく多いだろう。このように、入口規制のほうがうまくいくというだけならば、MSYを批判する必要はない。


図 環境変動があるときの入口規制とTAC管理(出口規制)を比べた計算機実験の一例(実線は資源量、点線は漁獲量、青は入口規制で赤がTAC管理)

 しかし、どちらが持続可能な漁業にとって有効かは、他にも様々な要因を考慮すべきであり、一概には決められない。また、実際のTACではこの図のように毎年大きく変動させるようなことはせずに、ある程度平準化していることが多いだろう。
 繰り返すが、密度依存性を否定することと、この議論は何の関係もない。
 この図を計算するExcelファイルを以下のサイトに置く。数式は以下のとおりである。ただし$A2などはパラメータの変数名であり、上記サイトから落手できるExcelファイルのセル番地を表す。
資源動態 N(t+1)=N(t)Exp[r(t)-k N(t)]-C(t)
r(t) = Norm[r*,σ]
推定資源量はN’=Norm[N,ξ]
ABC決定規則による漁獲率は F(N’)=If[N’<$F2,0, If[N’<$G2, ($H2/$G2)N’,$H2]]
入口規制の場合の漁獲量は C=F(N’)N (1+ε) 真の資源量と実行誤差をかける
TAC管理の場合の漁獲量は C=F(N’)N’    推定資源量をかける
ここで実行誤差ε=Norm[0, $E2]
上記の図は、以下のパラメータの値をとった時の一例である。
平均内的自然増加率 r*=$A2 =0.4
密度効果の大きさ k=$B2 =0.001
rの年変動の標準偏差 σ=$C2=0.4
資源量推定誤差の標準偏差 ξ=$D2=0.5
入口規制の実行誤差εの標準偏差=$E2~0
禁漁すべき資源量Bban=$F2=40
漁獲量を減らすべき資源量Blimit=$G2=100
MSYを達成するはずの漁獲率Ftarget=$H2=0.2