BSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)対策について

更新   松田裕之

国際獣疫事務局(Office International des Epizooties)のTerrestrial Animal Health Code - 2003(陸生動物衛生規約
2.3.13章(BOVINE SPONGIFORM ENCEPHALOPATHY)
・これは現在改定中である.改定案に対する米国のコメント
・薬食発第0218004号 平成16年2月18日 厚生労働省医薬食品局長「米国産のウシ等由来物及びウシ等のせき柱骨等を原材料として製造される医薬品、医療用具等に関する品質及び安全性の確保について」
吉川泰弘さん「日本のBSEのリスクとは?」乳用牛群検定全国協議会平成13年度講演会より
農業情報研究所

中西準子さんの主張(2004.3.23)

BSE対策の目的 肉骨粉由来のBSE感染牛の食肉と反芻動物飼料への混入を防ぎ、食肉の安全と食肉業界の信頼を維持し、回復するとともに、国内における感染経路の解明と感染牛の総数を推定する。

BSE対策の当面の目標 感染牛危険部位の厳重な管理。感染牛総数の推定によるリスク評価。食肉業界の安全性についてのリスクコミュニケーション

BSE対策の現時点での評価

・感染牛危険部位の管理についての評価

1)肉骨粉の反芻動物への餌料使用を全面的に「禁止」している。

2)1頭目発見以降、<食肉用に処分される>全頭を検査している。

3)「全頭」の危険部位を焼却処分している

4)感染牛及び同じ飼育舎で飼育していた牛は肉も利用せずに処分している

以上、4重の安全性対策を行っている。この体制ができて以降の食肉の安全性は、世界最高水準と考えられる。

・感染牛の総数の推定

 あまりにも情報が少ないが、全乳用牛は282万頭、現在までの調査頭数は月齢30ヶ月以上のもの(乳用牛と考えられる)28万頭で、そのうち3頭(この体制ができるきっかけとなった1頭を除く)が感染牛であり、残りは非感染牛だった。この調査が無作為抽出で、感染の判定に誤りが無いと仮定すると、Petersen法により、感染牛の総数の点(最尤)推定値は282/28*3=30頭、超幾何分布などを仮定すると、表1(a)に示したように、95%信頼区間は11頭から84頭である。

 しかし、無作為抽出とは言えないかもしれない。まず、発見された4頭はいずれも963,4月生まれと言い、さらにある工場製の代用乳を用いていたといわれる(2002513日読売新聞)。ここに汚染肉骨粉が混入していた可能性が高い。96年春生まれがハイリスクグループであり、飼育業者が無意識的にせよ出し渋っている可能性があるとすれば、廃用牛として調査にかかった牛が無作為抽出とは限らない。いずれ調査にかかるものと期待されたが、斃死(へいし)扱いの「死亡牛」は食肉に利用されず、農家の同意を得た場合以外は調査されないことがわかった(末尾の注をみよ)。このことの問題点は、その後4頭目の感染牛が発見される前後に報道され、ごく最近、非利用死亡個体も調査されることになったと報道されている。

 ハイリスクグループもランク分けすべきかもしれない(例:96年3,4月生まれ、北海道育ちなど)が、ここでは仮に、957月〜966月生まれだけをハイリスクグループとし、その頭数をX頭、そのうち調査された頭数をY頭とする。感染牛がこのハイリスクグループだけにあり、その中での感染確率が一様と仮定すると、全感染牛頭数の点推定値は、やはりPetersen法によりX/Y*4となる。Xについては96年3,4月生まれが26千頭(2002517新聞各紙)とされ、農水省が全頭検査を検討している。Yについては調査牛の出生年などのデータを集計していないらしく、推定のしようがないが、無作為抽出との比較のためにあえて極端に低い場合を想定し、かりにY=1000頭とすると、点推定値および区間推定値は表1(b)のようになる。ただし、この試算ではハイリスクグループ以外には感染牛はいないと想定している。今のところハイリスクグループ以外に感染牛は発見されていないが、だからと言って全く無いとは言えない。96春生まれの感染牛の例がもう少したくさん挙がってきた段階で、感染経路を推定すれば、それ以外のハイリスクグループを推定できるかもしれない。新たなハイリスクグループが発見されたときの準備も怠るべきではない。

 早急に、XYZの数字を求める必要がある。ハイリスクグループを全頭買い上げて検査すれば、全貌解明に大きく役立つだろう。今までの発見が4頭しかなく、すべてが「96年3,4月生まれ」に該当するため、複数のハイリスクグループを想定した試算、あるいはハイリスクグループの出生年月の特定はむずかしい。いずれにしても、今まで調査されたハイリスクグループの割合が低ければ低いほど、つまり業者が危険を「正確に」察知してこれらの牛を廃用牛として処分する割合が低いほど、全感染牛数の推定値(の上限値)は上がるしかし、ハイリスクグループが特定できれば、対処方法はより容易になるはずである。4頭目が発見されたことで、かなり見通しが良くなったように見えるが、感染経路、感染牛総数の推定には、依然としてより多くの発見が必要である。また、今まで発見された以外の隠れたハイリスクグループが無いとはいえないので、せっかく実施した現在の全牛調査、全牛買い上げの体制は当分維持すべきである。

 では、早くから事故死などを含めた全数調査をやっていれば推定数の信頼幅は減っただろうか?表1に示されたとおり、3頭と2頭では大差ない。無作為抽出の前提が正しければ、調査頭数が2倍で6頭発見されたら、上限が4割ほど下がる。ハイリスクグループの調査頭数と発見頭数が10倍多ければ、感染牛数の信頼区間の幅が1/4に減ったであろう。すなわち、全数調査の実施を逸したことは、精度のよい全感染牛数を推定する上で、大きなチャンスを逸したことを意味する。

BSE対策のリスクコミュニケーション

 4頭目がでたとき、食肉業界と消費者への影響はそれほど大きくは無かった。事故死を調査していなかったと言う「不備」(食肉の安全性を確保すると言う目標だけからみれば、不備ではない。全感染牛数を推定し、感染経路を明らかにするという目標の上での不備である)が露呈したにもかかわらず、報道もかなり冷静に受け止めたと思う(20025月20日朝日新聞)。最大の悲劇は、担当した若い獣医が自殺してしまったことである(2002513新聞各紙)。

 全頭調査、全頭買い上げの体制は、もう感染牛がいないという意味での「安全宣言」ではない。食肉に汚染牛が流出するリスクを4重に防いでいると言う意味での「安全宣言」である。このことが、報道も含めて十分認識され始め、食肉業界への風評被害を防ぐことに報道も協力し始めている(2002521日朝日新聞)。これはリスクコミュニケーションの偉大な成功といってもよい。報道も消費者もゼロリスク論者もO157貝割れ大根騒動、所沢ダイオキシン騒動、1頭目が出たときのBSE騒動の教訓を得ていると言えるかもしれない。

 

表1 危険コホートなど赤字部分の数字は全くかりのもの(転載厳禁)。1行目の太字以外は比較のための試算である。2002518日現在のスクリーニング検査のデータなどに基づく)

(a) 全乳用牛

調査頭数

感染発見頭数

感染牛総数最尤推定値

区間推定(下限)

区間推定(上限)

全頭中の感染率

2,820,000

294,710

3

28

11

80

0.001%

2,820,000

294,710

2

20

6

69

0.0007%

2,820,000

884,130

9

28

17

50

0.001%

(b) 96年春生まれ頭数

調査頭数

感染発見頭数

感染牛総数推定値

区間推定(下限)

区間推定(上限)

96年春生まれの感染率

26,000

1,000

3

74

28

185

0.3%

26,000

1,000

2

49

16

169

0.2%

26,000

10,000

30

75

59

103

0.3%

超幾何分布によると、母数n、調査個体数r、全体の感染牛数mとするとき、発見感染牛数がkとなる尤度L(m)mCk×n-mCr-k/ nCrと表せる。事前確率として一様分布p(m)=cを仮定し、CL(m*)=?0?m<m* cL(m)とすると、事後累積確率がCL(*)/CL()=0.025, CL(m*)/CL()=0.975となるm*が全感染数の上限と下限を与える。スクリーニング検査では食肉用に処理した30ヶ月齢以上の牛と24ヶ月齢以上の症状を呈する牛の数字があり、齢が一致しないが、便宜上これを単純にたしあわせたものを乳用牛とみなした。なお末尾を参考。

関連サイト

厚生労働省「牛海綿状脳症(BSE)関係ホーム頁(Q&Aなど)」http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/bse.html

厚生労働省「牛海綿状脳症(BSE)のスクリーニング検査結果について(週報H14.5.14)」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1018-6.html

松田裕之「予防原則とリスク評価について」
http://ecorisk.ynu.ac.jp/matsuda/2002/020404.html

Petersen法の区間推定(http://ecorisk.ynu.ac.jp/matsuda/2002/020521.nb

池田正行「狂牛病の正しい知識」http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/bse.html

 参考(以下の「・・・」は松田の省略):2002年5月13日毎日新聞北海道版『安楽死で「検査逃れ」』は、以下のように報じている。『酪農家が廃用牛を食肉用に出荷せずに安楽死させ、一部のサンプル検査しか行われない「死亡牛」として処理される実態があることが12日、関係者の証言で分かった。BSEの感染牛が、・・・ほぼ5カ月間、確認されなかった背景にもなっているとみられる。安楽死処理は違法ではないが、事実上、BSE検査の「抜け道」となっている。』『死亡牛は一般的には処理業者が買い上げ、ペットフードなどに加工され、食肉に回ることはない。』『農水省によると、死亡牛は全国で年間約16万頭』『死亡牛のBSE検査については、年間約4500頭を農家の同意を得た場合に限り、サンプル検査しているだけ。』(農水省は1頭4万円で買い取るが)『死亡牛の処理には1頭1万3千〜1万5千円の処理料がかかるが、負担をしてでも安楽死を望む農家が多いという。』『ある農家は「・・・BSEが出たら廃業。自衛のためだ・・・」と話した』

 2002年5月22日朝日新聞『死亡牛検査、来年春から』では、『政府・与党は21日、食肉処理の前に死亡した牛についても、03年4月から・・・全頭検査をする方針を固めた』『2歳未満は感染例がないため対象外とし、離島や遠隔地などについては開始時期を猶予する』と報じた。また、同日同紙は国内2頭目のBSE感染牛を出荷した元酪農家(現在は牧場の管理人)が農水省に要望書を郵送し、農家が積極的にBSE調査に協力するよう国に支援策を要請し、死亡牛のBSE検査も早急に実施すべきとし、価格が下落した枝肉の補償と、疑似患畜処分の中止を求めたという(感染牛が見つかると、一緒に飼っていた大半の牛が疑似患畜として処分される)。

 全頭検査は、感染牛の危険部位を食用および反芻動物の飼料に回さないこと、および日本における感染実態を解明するために行っている。上記のような「抜け道」が残っていては、感染実態の解明は困難である。それは上記表1(b)の試算でもわかるだろう。また、処理業者が処理した「死亡牛」がどう処理されるかも監視する必要がある。非感染の牛はともかく、感染の有無を調べていない牛はすべて厳重に処理しなければならない。それを怠ると、せっかくの4重の安全性のうち、同時に2つ、つまり「全感染牛の全部位消却」と「非感染牛も含めた肉骨粉消却」が崩れる恐れがある。どちらか一つが徹底していれば(あるいは「感染牛の危険部位消却」が徹底していれば)科学的に問題ないが、どちらも崩れては問題が残る。しかも、上記の「ハイリスクグループ」が「死亡牛」に回る可能性が高い。科学的には安全策に行き過ぎと思われる4重の壁も、別のところで穴があいては意味がない。「死亡牛」に対する感染調査を早急に実施すべきである。

 (以上)