last updated on 2002/06/18
WWF(02/05/24) Asahi.com BBC(02/05/23) (05/20) 鬼頭秀一氏の見解
南半球のクロミンククジラの個体数について、10年前に合意された76万頭説(区間推定はおよそ50万頭から100万頭)は、その後の目視調査では30万頭程度に激減した可能性が指摘された。いくらなんでも、10年間でそんなに減るはずは無い。そこで、推定方法自身の見直し作業がこの2年間、科学委員会で進められた。科学委員会の結論はまだ非公開だが、問題点についての私見を述べる。
・ 調査方法を変えてしまった:もともと、南半球を経度ごとに6海区に分け、毎年順番に目視調査を行い、6年かけて全海域を調査し、個体数を推定してきた。現在3周目で、2周目の推定値が上記の76万頭である。2周目と3周目では調査方法が異なる。同じ方法で調査しなければ、個体数はそもそも比較できない。途中で調査方法を変えること自身、大失敗である。調査船数が3隻から2隻に、天候が荒く群れが小さい低緯度地域に調査を広げ、種コードを細分化し(ミンクらしいなどを追加)、調査員が代替わりして経験者が減った。
・ 調査船の航路上に浮上した鯨はすべて発見できるという誤った仮定で推定していた:船から離れた鯨の発見率が下がることは補正するが、航路上の鯨は見逃さないと仮定していた。この仮定が誤りであり、かつ発見率が天候、群れサイズ、目印(汐吹を見るか、鯨体を見るかなど)などによって異なることが分かってきた。複数の調査員が独立に目視するため、二重発見率からこのことが証明される。これは航路上の発見率だけでなく、有効探索幅(どれくらい離れた鯨まで発見できるか)にも影響する。今までは海区と調査船により有効探索幅が異なると仮定していたが、3周目に使う船は同じ設計図で乗員も交代する姉妹船であり、群れサイズや天候などで有効探索幅が異なると仮定するほうが妥当である。
・過去にさかのぼって再推定できなければ、増減はわからない:調査方法を改め、推定方法を改善する場合、過去にさかのぼって推定しなおさないと、増減はわからない。3周目の方法は2周目より絶対数を正確に推定できるかもしれないが、76万頭という過去の推定値を見直さなければ、減少率を過大推定することになる。
・調査捕鯨JARPAによる目視調査では、個体数は安定している:調査捕鯨の際に同時に目視調査も行っている。こちらは4区と5区のみを隔年で交互に調査し、一貫している。その結果、過去12年間、ほぼ安定した個体数が推定されている。個体数の継続調査には、一貫した手法が何より重要であることが示唆される。
・日本沿岸での調査捕鯨(JARPNII)は、2年間の予備調査を終えて今年見直される。その主目的の一つが胃内容物調査による漁業との競合関係を含む生態系への影響評価の調査にある。IWC科学委員会で合意された改訂管理方式(RMP)は個体群管理であり、すでに野生生物管理の最新の管理理念からは時代遅れになりつつある。漁業と鯨類が水産資源を巡って競合関係にあるかどうかはともかく、鯨類などを含む生態系の状態を継続的に調査し、生態系全体を健全な状態に保つようさまざまな指標を定める必要がある。調査項目は各種の個体数だけでなく、何を食べているか(胃内容物調査)も重要である。
夜、鯨料理屋で夕食を食べた。IWC参加の外国人が一人ずつ二人来た。英国人とスペイン人。店では英語がほとんど通じないのに、メニューを適当にみて選んでいた。(せめて英語のメニューを用意し、算用数字で金額を書いたほうがいい。たしか鯨の食べる部分の名称などを書いた日英対訳のチラシがあったはずだ。あれを鯨料理屋に用意して客に配るべきだ)英国人はIWC事務局の人で、もう四半世紀IWCに来ているそうですが、鯨を食べたのは数回で、東京とアイスランドでのことだとか。刺身を食べたいと言ったスペイン人は捕鯨禁止前まで母国で鯨を食べていたとのこと。彼らは決して捕鯨に賛成ではないらしい。しかし、こうして鯨を食べに来ている。
4月21日の朝日新聞で、鯨害獣論を批判する記事が紹介された。その中で、科学委員会参加者が今月初めの水産学会大会で発表した講演要旨が紹介され、生態系モデルの計算によると、鯨を獲らずに増え続けた場合、日本でサバが獲れなくなり、サンマも減るという。
昨日紹介したYodzis(2001)の言うとおり、生態系モデルは現実を予測するにはまだまだ幼稚であり、結論が一人歩きして報道されるのはたいへん危険である。たいせつなことは、ある生物だけを管理しようとしても、生態系全体に影響が及ぶことを常に思い起こすことである。さまざまな予測を行い、継続調査の項目と評価基準を選ぶ際の参考にすることである。放置した場合に起きることだけでなく、捕鯨を行った場合に起きることも検討し、好ましくない事態が想定される場合には、その項目を継続調査し、予測が現実になりそうな兆候がある場合に対処する方法をあらかじめ考えておくべきである。
生態系管理を行う上で、生態系モデルは必要なツールである。しかし、その計算結果がこのような形で報道されるのは、好ましくない。報道された生態系モデルについては非公開の科学委員会で議論されると報道されているので、当事者である私がこの場でコメントすることは控える。一般論として、生態系モデルで予測を立てる際には、未実証の多くの仮定が含まれている。下記のYodzis(2001)の論文でも、食物連鎖の中で鳥は種別に個体数変化を考えず、一まとめに扱われている。鳥が1日どの餌をどれくらい食べるかについて何らかの仮定を置いているはずだが、それが厳密に正しいとは限らない。
多くの場合、摂餌量は餌の現存量と捕食者の餌選好性の増加関数で与えられる。最も単純なのは比例すると仮定し、もう少し複雑になると飽和曲線をあてはめる。代表的な生態系モデルであるEcosimでは、さらに捕食者の数によっても捕食者1個体あたりの摂餌量が異なると想定されている。しかし、餌選好性は餌の量によって変わるかもしれない。つまり、サバが減ったらサバを探すのをやめて別の場所に行くかもしれないし、反対にサバが見つかるまでしつこく探し回るかもしれない。
生態系管理の予測については、3つの点で注意すべきである。まず、考えたモデルの構造が、定量的に現実と同じとは限らない。用いた数値のほとんどは実証されていないか、ラフな推定値であり、これらの値を変えて予測しなおすという感度解析が欠かせない。多くの場合、感度解析を行うと増えるか減るかの定性的な予測さえ当てにならないというのが、Yodzis(2001)の主張である。つぎに、生態系の構造によっては、一部の生物で増えるか減るかをかなり確度の高い予測を行えることがある。しかし、予測の点推定値、つまり10年後に半減するというような予測は、用いるパラメタの値を変えれば、当然変わる。将来予測の点推定値は、100%外れるといっても過言ではない。これは、東京の平均気温の予測でも、日本のGDP予測でも同じである。
鯨害獣論の広告が下関にあふれていたらどうしようかと不安に駆られて東京を立ったが、下関市内は平穏だった。
Can the abundant minke whales not be used? Comments on:
P.Yodzis(2001) Must top predators be culled for the sake of fisheries? TREE 16:78-84について
Peter Yodzisは世界を代表する理論群集生態学者であり、拙著『環境生態学序説』(2000, 共立出版)でも、彼の群集内の間接効果の非決定性の理論を詳しく紹介した。本論文でも紹介されているように、現在、国際捕鯨委員会IWCでは鯨類と漁業の競合について議論が進められており、関連する研究集会が6月に英国で開かれる。彼もその場に出席する予定である。本論文は、鯨類と漁業の競合問題を考えるうえで必読文献であろう。
松田の主張は以下の24日の日誌に書いたとおりである。彼の主張はどうか?
まず、最大の特徴は、鯨類を駆除することの是非を議論し、捕鯨を持続的利用と見なしていないことである。我々が目指すべきは植物、植食動物、浮遊動物食動物、高次捕食者などのさまざまな栄養段階にいる生物を満遍なく資源として利用するという京都宣言第14項を踏まえたものであり、利用せずに駆除することは日本政府の主張ではない。
1970年代以来、漁業と競合する高次捕食者を駆除すれば漁獲量が増えるはずだという主張(Surplus-yield viewpoint)は他にもたくさんあるが、明確にその意義と効果が認められた例はない。
水産資源を鯨類と漁業がともに利用しているとしても、鯨類が他の魚食魚なども利用していれば、一概に競合関係とは言えず、むしろ鯨類が魚食魚を食べるために資源を増やす効果もある
彼が図1に示した食物網の生態系モデルの計算機実験では、未知のパラメタの値を少し変えただけで、正の効果が負に変わるような場合が数多く現れる(図2:間接効果の非決定性)。結論で述べているように、生態系モデルを用いる場合は十分な感度解析を行い、慎重に吟味すべきである。
結論として、漁業と鯨類の関係を実験的に調べようとするのは非現実的と批判している。生態系モデリングはまだ幼い。生態系が複雑すぎて、間接効果は10年では現れず、検証に耐え得る実験デザインが組めないと主張している。これは、生態系管理全体に当てはまる批判であり、結局は不可知論(agnosticism)に行き着く。
彼が最後に述べているように、だからといって鯨類をとりまく生態系効果を調査研究すること自身は、無意味なことではない。彼の見解を補足すると、私たちに求められているのは、不確実で非定常な自然を持続的に利用するために、私たちが踏まえるべき管理手法である。生態系管理の生態学的根拠に関する米国生態学会委員会報告(Christensen et al. 1996)によれば、我々は単一種だけの持続的利用を目指す管理ではなく、生態系全体への影響を考慮した管理を目指すべきである。数十万頭いると推定されているクロミンククジラを、年2000頭獲る(捕獲数の上限は生息頭数の継続調査結果に基づき逐次変更する)という改訂管理方式RMPの合意は、他のあらゆる漁業管理に比べて手厚く保護した管理計画であり、順応的管理を個体群管理に適用した先行例である。その失敗のリスクが他の野生生態系を利用する農林水産業のそれよりも高いとする根拠はない。生物多様性保全と持続的利用の両立を目指すなら、最大持続収穫量MSYに相当する個体数を手厚く不確実性を考慮して維持する必要はない。最少存続個体数MVPを万が一にも下回らない管理計画で十分である。すなわち、初期資源量の54%以下なら禁漁というRMPの合意は不要であり、生息数1万頭以下なら禁漁でもかまわない。しかし、生態系全体への影響も考慮すべきである。
彼は、「漁獲量を増やすために鯨類を駆除することは不適切である」と結論付けている。上記の彼の論考から結論すべきは、「鯨類を駆除しても漁獲量が増えるとは限らない」という主張である。競合関係が将来証明されたら、駆除は正当化されるのか。彼がはじめに言うように、この問題は政治的・社会経済的・倫理的問題に係る。彼は本論文で正当にも生態学的論考を加えただけであり、それ以外の問題を吟味していない。彼の結論は飛躍しており、上記の表現に改めるべきである。同時に、もしも日本政府が漁業と鯨類の関係が競合関係でなければ鯨類を利用すべきではないと認めるとすれば、これも正しくない。マグロを獲るのは同じく水産資源であるイワシの資源量を増やすためではなく、マグロ自身にイワシ以上の経済価値があるからである。自然の恵みを持続的にどのように利用すべきかは、経済的社会的価値などと生態系保全を総合的に考慮して意志決定すべきである。そのために生態学的に検討すべきことは、京都宣言第14項の趣旨に従い、鯨類の持続的利用が生態系の他の資源の持続的利用に及ぼす関係である。
いずれにしても、鯨類駆除論は、競合関係の真偽にかかわらず、生態学を超えた欧米人の価値観から容易に同意を得られないことを、日本人は理解すべきである。しかし、鯨を含めた地球上の生物資源を持続的に利用する行為と文化は、管理が適正に行われている限り、尊重されなくてはならない。そのために、捕獲対象となる鯨類の生息数だけでなく、胃内容物の変化を含めた群集構造の変化などを継続調査し、健全な生態系を維持するための管理目標と評価基準を定め、異変が現れたら速やかに対処する順応的な生態系管理のもとで、鯨類の持続的利用を図るべきであろう。
いま、過去のシロナガスクジラなど大型鯨類に対する乱獲を反省し、IWCの合意に基づく適正な管理を行うなら、鯨類の持続的利用は十分可能である。ミンククジラは絶滅危惧種ではない。乱獲を反省し、適正な管理計画の立案で合意した産業は保護すべきである。持続的利用の可能性を否定し、捕鯨産業の根絶を目指すことは、困難な生態系管理と持続的利用の可能性を否定するものである。 (以上)
食料安全保障のための漁業の持続的貢献に関する京都宣言及び行動計画(京都宣言)「14.適当な場合には、資源の持続的開発と合致した方法で、生態系における複数の栄養段階にある生物を漁獲することを検討する」
鯨と漁業の競合について、朝日新聞などでさまざまに言われましたが、改めて私見を述べます。
1)クジラが魚をたくさん食べている=ここまでは確度が高い。髭鯨もかなり魚やイカを食べていることがわかってきた。ただし、魚だけでも多いが、摂食量が漁獲量の数倍以上という鯨研の推定にはオキアミも含む。
2) クジラは水産資源を巡り漁業と競合している=可能性はある。FishbaseとEcosimという現時点で世界で最も信頼できるこれもカナダのデータベースと生態系モデルによる日本人の計算では、たしかにそう示唆される。しかし不確実性が高いので、まだ結論できる段階ではない。
3) だから捕鯨すべきである=同意できない。ミンククジラが大昔より増えているという鯨研の主張が正しいとしても、全鯨類では大昔のほうが確実に多い。漁業国日本では支持されても、生態系をたいせつにしたい海外ではこの主張は逆効果である。すなおに、鯨だけを守っても生態系は守れない、むしろたくさんいる鯨はきちんと管理すれば獲っても良いという主張が正しい。
以上については別項も参照。
4)追加意見。そもそも、人間が水産資源を目いっぱい獲っているというのが誤解。日本近海でカタクチイワシなどのプランクトン食浮魚類は数千万トン以上(現在40万トン以下)、中深層性のイカやハダカイワシもおそらくそれ以上(ほとんど人間は利用しない)個体群としては持続的に獲れるはず。人間が利用しないから、多様でたくさんの海獣や海鳥や膨大な深海生物が生きていられる。環境汚染、乱獲、混獲が海生鳥獣の問題で、餌不足による餓死は問題になっていない。ようやく、ミンク以外の鯨も増加の兆しが見えているのは、餌が豊富にあるからだ。食糧問題のために将来人間の漁獲量を増やさざるを得ないとしても、直ちに鯨が邪魔なわけではない。座礁や漁船への体当たりは邪魔だろうが、昔からあったはず。
日本の環境団体ときちんと合意した上で管理捕鯨を行うことを明確にすることです。それが、「日本政府が、国際社会での信頼を高めるべく努力するよう強く求める。国際的な信頼向上のためには、日本政府はクジラ類とその他の水産資源の、保全と管理に積極的に貢献することを明瞭に宣言し、具体的な貢献策と、その実施計画を示すべき」(WWFJ会報)という主張を実行させるための道だと思います。
注1 「クジラ問題を語る会」
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/kataru_kai/
第8回松田のレジメ http://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2002/020320b.html
注2 松田4/7付け意見