松田裕之(横浜国立大学)
1.漁業大国としての使命と責任
最近、海洋生態系が乱獲などによって死滅しているという主張が指摘されている。Myersら(2004)はマグロ延縄漁船の漁獲統計を元に、上位捕食者が最近30年間で9割減少していると主張した。漁業の乱獲が海洋生態系を壊しているという主張が急激に強まりつつある。
世界の漁獲量はすでに頭打ちになっているという認識が広く指摘されているが、他方、鯨類の摂食量は世界の漁獲量よりもずっと多いことも指摘されている。鯨類の摂食する資源をある程度横取りすれば、漁獲量を増やすことができるだろう。少なくとも、プランクトン食浮魚類の資源量は膨大である。むしろ、持続可能な漁業は健全な生態系の指標とみなすことができる。
2.伝統的漁業国としての使命と責任
日本の漁業は伝統的に漁業権を付託された漁業者が自ら管理してきた。欧米でも、上意下達型の管理を補完する漁業者のCo-managementの有効性が認識されつつある。知床世界遺産の海域管理計画においては、生態系管理とともに、自主管理が一つの焦点となっている。
3.魚食民族としての使命と責任
上記の海洋生態系保全の世論は、魚食文化への批判にも繋がりつつある(Clover 2004)。まず、魚食と健康についての科学的な分析が必要である。魚は心疾患を防ぐのに有効な不飽和脂肪酸を多く含んであり、同時にダイオキシンや水銀が基準値以上に含まれていることがある。
近年、北米の生態学系大学院では、研究室の過半数の学生が菜食主義になっているところも散見される。単に鯨肉を食べない、野生動物を食べないというだけではなく、より極端な倫理観に変わりつつある。まだ、日本の学生で菜食主義者に私は出会ったことはない。
4.水産輸入大国としての使命と責任
日本は水産物輸入大国である。WTOが自由貿易を推奨しているという問題があるが、日本が輸入を制御すれば、世界の漁業と水産物貿易体制に大きな影響を及ぼすことが可能である。特に、自由貿易が各地域の持続可能な資源利用に悪影響を及ぼしえることは、環境団体も指摘している。いわゆる共有地の悲劇とは少し異なるが、市場が画一化することも乱獲を助長しえることが理論的に示される。また、日本国内の管理水準を高め、輸入水産物にも同様の管理水準を求めるか、あるいはMSC(水産物認証制度)のような「エコラベル」制度が普及すれば、日本の漁業を輸入品から守ることができるだけでなく、日本国内および海外の漁業生態系の保護水準を強化することも可能である。
チャールズ・クローバー「飽食の海:世界からSUSHIが消える日」(岩波書店)
Myers RA, Worm B (2003) Rapid worldwide depletion of predatory fish communities.
Nature 423: 280-283.