2003年 更新 皆さんのご意見をお待ちしています。松田
岩波新書「国際マグロ裁判」(小松正之・遠藤久著、1992)
松田裕之 (2003) 話題:岩波新書「国際マグロ裁判」(小松正之・遠藤久著)を読んで−保全生態学の立場から. 日本水産学会誌. 69:274-276.
辻祥子(2003)話題:『話題:岩波新書「国際マグロ裁判」を読んで−保全生態学の立場から』(69巻2号掲載)への現場からの感想.日本水産学会誌. 69:655-658.
R. Myers(2003)に掲載されたNature論文について(Myers氏のサイト)
上記論文への批判 John Hampton, John R. Sibert, and Pierre Kleiber Effect of longlining on pelagic fish stocks - tuna scientists reject conclusions of Nature article NATURE STUMBLES 素朴な疑問
松田のサイト ミナミマグロは絶滅寸前か? ミナミマグロは回復するか?
豪州200海里内での日本漁船の操業等の放棄と日本単独での調査漁獲実施を同時に漁業者に説得したそうだ(122頁).しかし,調査漁獲自身は赤字だという(小松・遠藤167頁、以下ページ数はこの本の引用を示す).
どうやら,(漁場外のマグロ資源量を)0とみなすという豪州側の想定の意味を,漁業者も日本政府(著者ら)も,おそらくは水産研究所の研究者も誤解していたようである.漁場外にマグロがいないとは,おそらく豪州側も思っていない.調査できないものを0と仮定する(112頁)のは,是非はともかく,保全生態学でよく使われる評価手法である(松田2000の第3章).
日本側の当事者は,豪州側の仮定ではいないはずの漁場外の資源を,いくらとっても文句は言われないと考えていたようである.しかし,これは不確実性を考慮した控えめな評価という意味を取り違えている.いくら獲ってもよいことにはならなかった.結果として,漁場外の調査漁獲は,本書で赤字と述べたとおり,漁業者にとってそれほどうまみのあるものではなかったようだ.
そもそも,日本が主張しているように資源が回復し,2020年までに1980年水準を回復するという目標(99,114頁)は達成可能なのか,私自身の解析結果では,ミナミマグロは回復し始めているが,そうだとしても,条約が目標に掲げる2020年までの回復は困難である(Moriら2001、松田2000の第2章、図).・・・したがって,漁場外の調査は必要だが,上記の目標を守るなら,漁獲量はさらに削減すべきである.回復しているから漁獲量を増やすという主張には同意できない.
おもに,豪州は沿岸の未成魚を獲り,日本は公海上の成魚を獲る.豪州の沿岸での未成魚漁獲の方が日本の公海上での成魚漁獲より単位漁獲量当たりで見れば2倍以上負荷が高いことで科学者が合意しながら(97頁),なぜ豪州の環境団体は自国の未成魚漁獲を批判しないのか?
ミナミマグロは漁業管理におけるゲーム理論の適用の代表例の一つである(Kennedy1992).
その後,豪州は未成魚を生け捕りにして畜養する技術を日本から導入した.これは生簀の環境問題と新たな乱獲を招いている(100頁).日本では絶滅危惧種のミナミマグロのトロがかえって安く大量に出回るようになった.(松田付記:畜養で未成魚を2倍に大きくしても、成魚よりはだいぶ小さい。成魚を獲るより畜養の方が資源への影響が大きいだろう。データがあればすぐにでも計算できる).
持続的利用のための適正な資源管理をするためには,無責任漁業による漁獲物と,そうでないものを輸入国や消費者が選べる制度が要る.日本漁船が釣った天然物と畜養物を表示で区別して消費者が選べるようにすることに賛成である.便宜置籍船など無責任漁業国に対して輸入禁止,不買運動ができる(39-41頁)なら,なぜもっと多方面で輸入制限(不買運動)ができないのだろうか.生産から消費,そして廃棄(再利用)までつなげて考えないと,環境を守ることはできないだろう.これは生活環評価(LCA=life cycle assessment)の考え方である.
なぜ,ここまでミナミマグロ問題はこじれたのか.私は,日本側にも責任があると思う.そもそもマグロ漁船が多すぎるということが解決を不可能にしている.本書3章に記されたとおり,遠洋漁業振興で輸出産業として捉えたために,漁船の数が多すぎた.今さら獲るなといっても,彼らにも生活がかかっている.乱獲になることは当時の科学者もわかっていたが,少し控えさせるようにした程度で,根本的に乱獲をとめることはできなかった(92頁).
減船しても,他国に売却して便宜置籍船問題を起こしてしまい,乱獲はなおさらとまらない.そして今,マイワシもサバも獲れなくなったまき網漁船が近海のマグロを獲っている.大衆魚は許容漁獲量(TAC)が決められているが,高級魚のマグロには制限がない.これは理不尽ではないだろうか.
当時の科学者は,乱獲への明確な歯止めをかけることはできなかったが,産卵場保護,未成魚保護など,単純でわかりやすい乱獲の緩和策を漁業者の前で体を張って主張していたことが伺われる.その後,資源研究は複雑で実効性のない,行政に採用されない形で研究が進んできた感がある.許容漁獲量制度ができてから,状況は少しずつ変わりつつある.それは制度のせいだけではなく,若い人材に恵まれたためだと思う.
いずれにしても,漁業が発達する前に,適正漁獲努力量,後発参入国など,成熟した後の姿をしっかり展望すべきである.それなしに,過剰投資で生業を立てる漁業と漁業者の現実を前にしてしまうと,適正な管理はむずかしいだろう.これはけっして後の祭りではなく,今後の教訓である.未開発の資源は存在する.国連海洋法条約では,深海資源を世界の共有財産とみなすことを明記している.
最後になるが,途中を飛ばしてでも,本書の「終わりに」は是非読んでいただきたい.暫定措置も含めて,国際マグロ裁判を「雨降って地固まる」として前向きに評価する態度,韓国と台湾を条約に引き込む努力,資源論争の解決と信頼回復に向けた長期展望を,当事者として切々と述べるくだりは,心洗われる思いがする.残念ながら,著者らは環境保護勢力(194頁)を持続的利用と生態系保全を目指す仲間とは思っていないようである.しかし,持続的資源利用については,本書の随所に,真摯かつ強力に進める気概を持っていると感じられる.
国際漁業交渉を進めるうえでは,環境団体及び保全生態学者との連携が欠かせない.日本の環境団体や保全生態学者の大半は,捕鯨問題を含む持続的利用に理解を示している.上記の経緯を見てもわかるように,その連携なしには外国の主張も意図も背景も正しく理解することができない.今後の日本の水産行政の発展に期待している.
松田裕之「環境生態学序説:持続可能な漁業,生物多様性の保全,生態系管理,環境影響評価の科学」共立出版,東京.2000; 1-211
Mori M, Katsukawa T, Matsuda H. Recovery Plan for the Exploited Species: Southern Bluefin Tuna. Pop. Ecol. 2001; 43: 125-132.
Kennedy JOS. Optimal annual changes in harvests from multicohort fish stocks: the case of western mackerel. Mar. Resourc. Econ. 1992; 7: 95-114.
上記Myers論文を紹介した読売新聞記事には、辻祥子博士の意見として、CPUE(延縄漁業の1000針あたり漁獲尾数)が資源量に比例しないことはマグロ資源学者の国際的な共通認識である。また、現在のマグロ類の漁獲量は減少前よりも多い。現在より10倍いた資源を激減させた以上の漁獲量を減った後に続けていて、資源が崩壊していないというのは常識的に考えてもおかしいと説明している。その通りだろう。この疑問をCoML会議でMyers教授に直接個人的に尋ねてみた。彼は生態系効果によって現在のマグロの増加率が減る前より大幅に増えているとすれば(通常の1種の個体群動態論による密度効果よりずっと強い補償効果が働けばと言う意味だろう)、決して不合理ではないと答えた。あまり説得力ある返答ではないが、かりにそれが正しいとすれば、9割減は乱獲とは言えない。マグロが9割減っても、マグロ資源が増えていないだけで、少なくとも大西洋やミナミマグロでは、持続可能なマグロ漁業ができているといえる。他の生物に大きな負の影響が生じるなら問題だが、マグロの減少により鯨を含む他の上位捕食者が減ったとか、餌である浮魚類などが減ったという報告を、今のところ私は知らない。今後も生態系に与える未知の影響に注意すべきだが、マグロをさらに減らさなければ、生態系管理の失敗とはいえないだろう。