2005年のメッセージ 松田裕之 新・公開書簡

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(書簡送付日でなく、公開日の新しいものから順に掲載します)

2005年度の公開書簡は、日記に掲載します。目次は以下にありますが、最新情報は直接日記をご覧ください。

05.3.12 (4.01公開) Re: 海域WG助言修正案 050311について
05.3.25 科学委員会に関する北海道新聞の報道記事について
05.2.25 (3.25公開)知床世界遺産問題:今朝の新聞記事
05.2.24 (3.25公開)知床世界遺産: 初回WGの日程
05.2.19 (3.25公開)知床世界遺産問題 海域WGへの書簡
05.2.18 (3.25公開)知床世界遺産候補地 科学委員会への投書
05.2.17 (3.25公開)知床世界遺産候補地 海洋G 関係者各位
05.3.20 矢原さんの空飛ぶ日記
05.2.23 (3.12公開) 知床世界遺産候補地 規制強化のアイデア
05.02.18(3.2公開) 生態学会と保全生態学の関係について
05.02.03(3.2公開) 数理生物学会 研究奨励賞 運営委員の議論を続けましょう
04.10.25 (2.21公開)2回豊かな東京湾再生検討委員会 アオギス再生特別委員会 議事録(松田の発言要旨)
05.01.18 (2.20公開)[jeconet] Re: センター試験の問題
05.02.16 知床世界遺産候補地問題(2.2付けIUCN文書へのコメント)
05.02.09 職業としての学問
05.01.01 新年の挨拶


Date: Sun, 20 Mar 2005 13:16:36 +0000
Subject: [mat_model][00618] 矢原さんの空飛ぶ日記

矢原徹一氏の空飛ぶ日記 2005-03-04 [保全]温暖化をめぐる冷静な議論 21:42
http://d.hatena.ne.jp/yahara/searchdiary?word=%2a%5b%ca%dd%c1%b4%5d
で、中西準子さんの発言を支持している。
まず冒頭で、温暖化や生態系への影響の予測に不確実性があるから温暖化ガス排出抑
制は意味が無いという考えと、不確実だからとことん減らすべきだ、という二つの両
極端の考えになりやすいが、このような両極の考えからの脱却が必要だという意見を
書かれている。もっともだ。二項対立はいけない。最適解は通常、両極ではなく、中
間にある。
・・・
単一問題のみについての議論ではなく、複数の問題を考え、総合的なバランスを評価
して対策を選択すべきだという中西さんの主張に、全面的に賛成だ。二酸化炭素を出
さないから、原発がクリーンエネルギーだとは言えない。風力発電だって、鳥には脅
威である。どんな対策にも環境負荷はある。一つの対策ですべてが解決するかのよう
な議論は、あぶない。

「では、どうするのか?」と問うところが、中西さんらしい。つねに具体的な解を求
める姿勢が、大切だ。中西さんの「解」は、以下のとおり。

「予測の確かさとは別に一定の推定値を仮決めし、それに基づく政策を提示し、その
見直しをするという循環しかないということである。この仮決めは、代替技術導入の
是非を判断するためにも、どうしても必要である。」

なるほど、と思う。「自然再生事業指針案」の「19 将来成否が評価できる具体的
な目標を定める」に通じる指摘である。さらに具体的な提案が続く。

 さてさて、私にしてみれば、この指針は中西理論の反映だ。始めは、生態学者と中
西学派の意見が合わないように感じることがあったが、矢原さんがここまで評価する
なら、あとはうまくいくだろう。二項対立でなく、建設的な議論ができると思う。
 上記の後、矢原さんは温暖化への生態学者の貢献の低さに頭を悩ませている。

松田裕之




2.18 生態学会と保全生態学の関係について

○○さん

|>  前にも言いましたが、価値判断と科学的知見を混同する風潮がまずいと感じている
|> 人は、生態学会(の保全生態学者)にも増えてきています。
 エコロジー活動=生態学 と思っている人も、 たぶん 【それとは対極の】あなたとその賛同者も、あのシンポは不満が残ったと思います。
 その意味では、問題があることは認識されたが,どの立場にとっても解決の芽は生まれなかったかもしれません。互いに極端なことを言う連中だと認識するだけだった。
 要望書を安易に出すべきでないと考える保全生態学者も、不満が残っていました。この不満は、今のところ吸収しようがありません。(中略)
 私としては、もう少し「適応的」に批判していただいたほうが,論点が絞り込めたと思います。人に頼るより,今度は私が何か仕掛けることになるでしょう。 少なくとも私や○○さんは、現状放置ではまずいという認識を、あのシンポだけでなく,釧路大会全体として強く感じました。
(以前、Networks in Evolutionary Biologyという河田雅圭氏が主宰していたミニコミ誌に私が書いた 「自然選択の二つの誤解」という論説に対して)
 「自然選択の二つの誤解」=これは最後まで粕谷・河田に理解されなかった。いまだに私は自分のほうが正しいと確信しています。
 DSWilsonのディーム内淘汰が群淘汰なら,個体【淘汰】(2倍体同士の協調)も群淘汰である=粕谷氏は実際にWilsonがそう認めているのを探し出してきた。言葉の定義の問題だからしかたないが、あくまで群淘汰というなら、上記を明記しろと要求したら,「行動生態学入門」の序文で「松田の多くのコメントに従わなかった」ときた。
 あとでDSWilsonが来日したあと、(中略),福岡の私との議論をとても喜んでくれたと聞いた。自動車を運転しながら英語で彼とディーム内淘汰を議論できたのはわれながら満足でした。
 まぁ、こんなスコラ論議はやがて実証研究に置き換わる。今、誰もそんな細かいことは気にしていないでしょう。生物は果たして最適か?なんて、誰も言わなくなった。
 保全生態学は、まだスコラ論議が盛んです。これはまだ学問が未熟だからです。でも、そのうち変わるでしょう。私は、進化生態学と保全生態学の黎明期を担えることを意気に感じています。
 たしかに人間、損得だけではありません。 でも、共感はたいせつです。わかりやすく、人を説得する努力を続けていれば、支持者は広がるでしょう。
 懐かしいものを思い出させていただいて,ありがとうございました。あれを復活させたら、進化生態学もさらに盛り上がるでしょう。あのときの河田さんの熱意は、並々ならぬものでした。


Date: Thu, 3 Feb 2005 10:47:42 +0900
研究奨励賞 運営委員の議論を続けましょう

皆様

 私は皆さんが上げられている賞設置によるさまざまな危惧については、それほど深刻に考えてはいません。

1)宮地賞は(大久保賞の40歳よりも少し若い)層よりも年齢層が
若干上がっているような印象を受けました。
 今まではそうでしたが、この2、3年は応募者が増え、結果的に若手が受賞者になる傾向があると思います。

2)また,日本生態学会と日本数理生物学会の規模の違いから,宮地賞に近いものを日本数理生物学会で設けることには問題がある
 難波さんが指摘される理由は、不公平が生じえるということだと思います。受賞暦がないことが、大きなマイナスにはなりませんが、あることがプラスになることは多いでしょう。賞に公平を問うよりも、学会として評価することに意義があると思います。
 たとえば功労賞を設置したとして、受賞していない人の功労がないとは誰も言いません。受賞者は、みなを代表して貰ったというでしょう。人生、不公平なことはたくさんあります。それをすべて避けるよりは、奨励につながるならば、プラスの面を考えるべきだと思います。 弱小学会の賞でも、立派な受賞者が出るならば、自信をもってよいでしょう。しかし、学会賞というものは、よい受賞者に恵まれて初めて権威も活気も生まれるものだと思います。その意味では、やはり学会規模は重要かもしれません。皆さんが学会賞にふさわしいと思う若手がすぐにあがるならば、機能すると思います。
3)まだ業績が少ない若手の場合は,学会内の多くの人がその研究内容を知っているわけではありませんから,賞をもらったという事実だけが一人歩きする可能性が,シニアを対象にする賞よりも大きい
 未成年のタレントにレコード大賞を上げるのに比べて(たしか小学生で受賞を見送られた黒猫のタンゴの歌手は、後年犯罪者となった)、成年に賞をあげるときの問題とは思いません。
4)私は,基本的に,若手には名誉よりもチャンスを与えるべき
 このご意見は共感します。矛盾するものではないと思いますが。
 生態学会の宮地賞は、多くの受賞講演が秀逸で、聴衆も多く、若手同士の刺激になっていたと思います。これはよい方向に機能していると私は思います。(実は、これこそ学会規模の効果なのかもしれません) 「かつての数理生物学シンポジウムは,他の学会とは異なり,大家だけではなく若手も十分な時間を与えられ,研究発表と討論を行うことで,若手には勉強になり,我々も優れた才能を持つ若手研究者の新しい発想に触れることができました。」
 このご意見にも共感します。とはいえ、私自身が大会でこれをやるのは悩ましいですね。何かよい方法を考えます。会場を増やして時間を長くする手もあります。
*いずれにしても、運営委員でもう少し議論すべきだと思います。私としては、「皆さんが学会賞にふさわしいと思う若手がすぐにあがるならば、機能すると思います」という意見です。


01.18 (2.20公開)[jeconet] Re: センター試験の問題

横浜国大の松田裕之です.

|>>受験生の努力と正解率に正の相関
|>>がある必要があるのでしょうか? 非常に疑問なのですが......。
 新傾向の考えさせる問題を奨励する立場から意見します.しかし,このような一
つ出したからといって,正の相関が亡くなるわけではありません.
 考察力を問う問題を一つも出すなという見解には賛成できません.そのような問
題がでたからといって,来年の受験生が勉強しなくなるわけではありません.暗記
<だけ>ではだめだと思うことが,悪いことでもありません.
 最高の問題だったか(改良の余地はなかったか)といえば考えることもあります
が,島の種多様性の問題は,それなりに工夫のある問題だったと思います.

|今回の問題は、ご指摘の通り正解が絞れないもので、
 これはカメムシのほうですか? 
 島の問題の答えを見て,大陸からの距離より面積が重要(あるいはその逆)と単
純に「暗記」する受験生がいれば,そうではないと解説する必要がありますが,島
の設問からは,回答に紛れはないと私は思います.


02.09 職業としての学問

自然再生事業指針(案)」にある
2−5 科学的命題と価値観にもとづく判断
に関連して、我がポスドクの牧野光琢さんがMaxWeber”Science as profession"の一説を紹介してくださったので,添付します。(添付ファイル省略)

 以下評者の文章「つまり学問は事実を提示するものであって、価値を説くものではないという、存在(ザイン)と当為(ゾレン)の二元論が強調されている。事実と価値(あるいは学問と政策を置き換えても良いが)の相違は官僚と政治家と考えても良いかもしれない。ウェーバーにとってこの相違は重要で、教室で事実のみでなく価値あるいは「生き方」まで教える者は教師ではなく指導者であると徹底的に批判する。教室という教師と学生の間にある意味強制的な力の働く特殊な空間ではあくまでも事実を教えるべきであって当為を押し付けるべきでない。」
 私の答えは、価値自身は学者が提示するものではなく,ある明示された価値観(たとえば、持続可能な資源管理を目指す)を前提とした事実(そのためには漁獲をどのように制限する必要がある)を解くのが保全生態学者の役割であり,極論すれば、弁護士と同様,同じ科学者が『正義の味方にも悪魔の手先にもなれる』ものだと思います。
 実際に、我が盟友の南ア人は管理捕鯨の研究をしていますが,その弟子からは反捕鯨学者も巣立っています。
 もちろん、その上で我々は自分の価値観を達成したいと(内心は)追求するのでしょうし、誰に助言するかを選ぶ権利はある程度あると思いますが,あくまでも我々がコメントすべきは自分の価値観ではなく,ある価値観を前提としたときの合理的な解決方法,あるいはその政策によって予想される問題点を科学的にあぶりだすことだと思います。
 たとえば、シカを捕獲すべきかどうかは科学では決められません。獲らなければどうなるだろうとか、獲って減らすにはどれだけとる必要があるかということは科学的に助言できます。
 社会科学者に比べて、我々生態学者はこのような「訓練」が今までおろそかだったと思います。
 私が最も重視するものはfeasibilityです。これを吟味することが、科学者としてとても有効であると思います。それには、不測の事態やさまざまな問題点を指摘することも含まれます。
松田裕之

2−5 科学的命題と価値観にもとづく判断自然再生事業指針(案)より)
 自然再生に関連する諸問題の中には、科学的(客観的)に真偽が検証できる命題と、ある価値観に基づく判断が混在していることに注意すべきである。生物多様性が急速に失われていると言う現象は客観的に証明できる命題である。一方、自然と人間の関係を持続可能な関係に維持すべきであるという判断は特定の価値観に基づいており、客観的命題ではない。このような、持続可能性を目指すという価値観を前提として、その目的を達成するための方途や理念を客観的に追究する科学が保全生態学である。
 保全生態学が前提とする価値観については、必ずしも社会全体の合意を得ているわけではない。人間がどのような形で持続可能に自然を利用していくかについては、科学的に唯一の解を決めることはできず、合意形成というプロセスを通じて初めて、社会的な解決をはかることができる。このような合意形成のプロセスにおいて、特定の価値観に基づく目的が現実的に達成できるかどうか、その目的がより上位の目的と整合性があるかどうか、その目的を達成するにはどのような行為が必要か、などの問題については、科学的に検証することが可能である。このような問題を科学的に検証し、関係者に判断材料を提供し、合意形成を支援することが生態学の役割である。